1-9「ボスオーク」
その咆哮をあげたのは、30頭ものオークの群れを束ねるボス、頬に十字の切り傷の痕があるオークだった。
ボスオークは他のオークよりも年老いていて、その毛並みには白いものが所々混じり始めてはいたが、一際体格が良く、筋骨隆々で、力強い印象だ。
「オマエタチ、ナニ、シテイル!? 群レノ中デノケンカハ、禁止ダゾ! 」
ボスオークからの一喝で、サムを煽り立てていた4頭のオークたちは、とたんに怯えた様な表情になる。
くるくると丸まっている豚の尻尾の様なオークたちの尾が、力なく垂れさがる。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼす! ダ、ダ、ダ、ダッテ、さむガ人間ミタイナコトヲ……」
「ソ、ソ、ソ、ソウダ、ぼす! 俺タチハ、さむガ変ダカラ! 」
「お、おれタチ、おーくラシク、決着ツケヨウトシタダケダ! 」
「デモ、さむ、臆病! 全然、おーくラシク無イ! 悪イおーく、さむノ方! 」
4頭のオークたちは、ボスオークからの怒りの矛先が自分たちに向いていることを敏感に感じ取っている様だった。
ビクビクとボスオークの方を上目遣いでうかがいながら、口々に申し開きをする。
そんな4頭のオークたちを、ボスオークは軽蔑する様に一瞥し、鼻を鳴らした。
「さむ、1人ニ、4人デ戦ウノカ? ソレガ、おーくラシイトデモ? 」
「チ、チ、違ウ、ぼす! 戦ウ時ハ、1人ズツノツモリダッタ! 」
「ナラ、ドウシテサッサト自分カラさむニ向カッテ行カナカッタ? ……オ前タチノ魂胆ハ分カッテイルゾ。群レノ中デノ喧嘩、禁止サレテイル。ダカラ、さむノ方カラカカッテ来ル様ニ仕向ケテ、4人デ気ニ入ラナイさむ、痛メツケヨウトシタ。 ナンテ、卑怯ナ奴ラ! 」
ボスオークにそう言われて、4頭のオークたちは押し黙った。
ボスオークに言われたことが、図星だったからだ。
そんな4頭を睨みつけながら、ボスオークは腕組みをする。
「さむハ群レノ掟守ッタ! オマエタチ、群レノ掟、破ッタ! 情ケナイおーく、ドッカイッチマエ! オマエタチ、汚名被ッタ! おれ、覚エテオク! オマエタチ、ソノ汚名、次ノ略奪デ晴ラセ! 」
「ソ、ソンナ、ぼす! 」
「おれタチハ、タダ、変ナおーく、直ソウトシタダケ! 」
「ソウダ、ソウダ! 」
「おれタチダケばつ受ケル、不公平! 」
ボスオークから言い渡された処分に、4頭のオークたちは口々に不満を口にする。
「黙レ! 文句ガアルナラ、4人マトメテおれガノシテヤル! 」
だが、ボスオークから怒鳴られて、再び4頭は黙り込んだ。
それから、悔しそうに、憎々しげに、ことの成り行きを涼しそうな顔で見守っていたサムの方を睨みつけ、すごすごと去っていく。
サムには、こうなることが分かっていた。
オークは野蛮な種族だったが、何よりも強いこと、潔(いさぎよ)いことが貴ばれる伝統を持っている。
オークたちの間では強いオークこそが立派で、美しい存在なのだ。
だから、群れの中での掟をあえてサムに破らせ、それを口実に、4頭がかりでサムをリンチにかけようとしたイディ、オト、フー、リッシュの4頭の魂胆は、オークたちの価値観ではもっとも軽蔑される種類の行いだった。
人間のまねごとをして畑を作ろうとしていたサムは確かにおかしなオークではあったのだが、サムはボスオークが定めた群れの掟には何1つ違反してはいないし、4頭から罵声を浴びせられながらも堂々としていたその振る舞いは、オークの価値観的には悪くない対応だった。
不服そうな様子を隠そうともせずに去っていく4頭を見送り、フン、と、くだらなさそうに鼻を鳴らしたボスオークは、ことの成り行きを黙ったまま見守り続けていたサムの方を振り返ると、それから、彼の足元に作られた細長い畑に視線を送った。
「さむ、ソレハ、何ダ? ソレガ、畑ッテイウ奴カ? 」
「はい、ボス。これが、畑っていう奴ですぜ。まぁ、この手じゃうまく作れませんがね。人間の道具は使えませんし」
「ホウ、シカシ、畑ナノダナ? 」
ボスオークはサムの言葉に頷くと、サムが作った畑もどきへと近づき、しゃがみ込んで、フンフン、と鼻を鳴らして土のにおいをかぐ。
「コレハ、何ヲ育テルノダ? 」
「玉葱です。村から奪ったものの中に、種が紛れ込んでいたんで、試しに植えてみることにしたんです。うまくすれば、来年の春には収穫できます」
「ホホウ。来年、来年カ」
ボスオークはそう言うと、身体を起こし、サムの方を見て笑った。
何だか楽しそうな笑い方だった。
「さむ、オ前、ヤッパリ変ワッテイル。普通、おーくハコンナコトハシナイ」
「いけませんかね? オレは、略奪とか、殺しとか、あんまり好きじゃ無いんですよ」
「サァナ、おれニハ、分カランサ」
ボスオークは肩をすくめると、それから、何かを懐かしむ様に、遠くの山々の方へと視線を向ける。
「昔ナ、おれノ頬ニコノ傷ヲツケタ人間ニナ、言ワレタコトガアルノダ。略奪ヲ止メルト誓ウナラ、命ダケハ助ケテヤルト」
「ほぅ、ボスを追い詰めるとは、大した人間もいるもんですな」
「ソウ、大シタ奴ラダッタ。……おれハマダ若イおーくダッタ。マダ死ニタクナカッタ。ダカラ、ソノ人間ニ、略奪ハ止メルト誓ッタ。ダガ、結局、おれニハ略奪以外ノ生キ方ハ分カラナカッタ」
それから、ボスオークはもう1度サムの方を振り返ると、問いかける。
「オイ、さむ。オ前ハ、ヤハリ変ナおーくダ。掟ヲ守ルシ、卑怯デモナイガ、ヤハリ変ナおーくダ。さむ、オ前ハ一体、ドコカラ来たノダ? 1人、孤独ダッタオ前ヲ群レニ加エテ、モウ10年ニモナル。古参ノおーくダ。ソロソロ、教エテクレナイカ? 」
サムは、少し悩んだ後、寂しそうに笑った。
「オレは、オレですよ、ボス。変わり者の1人のオークで、それ以上でも、それ以下でもありません。……オレは、35にもなる、おっさんオークでしかありませんよ」
「フン。マァ、好キニシテミルガイイサ。掟ヲ守ル奴ハ、おれタチノ仲間ダカラナ」
ボスオークは無理に詮索しようとはしなかった。
それは、サムの寂しげな笑みから、うまく言葉にできない、複雑な事情があることを理解できたからだった。
「アバヨ、さむ。次ノ襲撃マデ自由ニシテイロ、アノばかドモガマタツッカカッテキタラ、今度ハぼこぼこニシテヤレ、おれガ特例ヲ認メテヤル。おれハモウ1眠リスル」
「ははっ、ありがとうございます、ボス」
サムは去っていくボスオークに軽く頭を下げて、はぐれ者だった自分を数年前、群れに迎え入れてくれた恩人の背中を見送った。
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