1-8「変わり者」
秋が深まりつつある山の中に、ガー、ガー、と汚いいびきの音が響いている。
村から食糧を根こそぎ略奪して、すっかり満足したオークたちが、気持ちよさそうに昼寝をしているのだ。
オークたちは、略奪を行った村からそれほど離れていない場所で、野営地を作っていた。
野営地と言っても、オークのことだから、テントとかそういうものは無い。
落ち葉などを積み重ねて作った寝床や、人間たちから奪ったものを適当に積み上げてある戦利品置き場があるくらいだ。
日は高く昇っているが、オークたちは何かをしようとするわけでもなく、眠り続けている。
動く必要が無いからだ。
人間は普通、1日に2食か3食、食事をとるのだが、オークは人間とは違って、一度にたくさん食べて、しばらくは何も食べなくても平気、という生態を持っている。
その秘訣は、とにかく大きな胃袋を複数持っていて、食いだめした食糧を腹の中にため込んでおけることにある。
しかも、オークたちの手元には、村から持ち帰った食糧がある。
30を超すオークの群れでも、十分に冬を越せるだけの食べ物があるのだ。
満腹で、これからしばらくの間食べるのに困ることも無い。
おまけに、人間たちの力ではオークに太刀打ちできず、人間たちから反撃を受ける恐れも小さい。
もし、何か不足を感じたら、また人間たちから奪えばいい。
谷間にある村からはもう、オークたちが欲しがる様なものは根こそぎ奪って来てしまったが、少し足をのばせば、人間の住んでいる村はまだまだあちこちにある。
オークに人間が敵うはずが無いのだから、奪いたいときに、奪いたいだけ奪えるはずだった。
オークたちはすっかり緩みきった表情で、惰眠を貪(むさぼ)っている。
動いているオークは、1頭だけだ。
他のオークたちが腰布一枚程度しか身に着けていないのに、1頭だけ上着も着ている、サムと名乗ったオークだった。
サムは、地面を掘っている。
オークの太い腕と指で土を掘り起こして、また、埋め戻す。
それをくり返して、細長い、土が掘り返された線を作る。
それからサムは、腰に巻いた縄にくくりつけてあった袋を取り出すと、袋の口を縛り付けていた紐を引いて、袋をあけようとする。
「あっ、ヤベッ」
だが、人間用の袋では、オークの力には到底、耐えられなかった。
サムは軽く紐を引っ張ったつもりだったが、紐は簡単に千切れ、袋は2つに裂けて、中に詰まっていた黒い粒々がバラバラになって辺りに飛び散る。
「はぁ。参ったぜ、まったく」
サムは悲しそうに自身の丸太の様に太い両腕を見ると、それから地面に屈んで、飛び散ってしまった黒い粒々をできるだけ集めると、自身がさきほど掘り起こした土に、少しずつ間隔を放して埋めていく。
オークは指も太いから、作業はうまく行かない。
黒い粒々は小さ過ぎるし、オークは人間の様に道具を使いこなすこともできない。
人間の道具はオークにとって貧弱過ぎるし、オークの手では道具は作り出せない。
それでも、サムは黙々と、黒い粒を自身の手で掘り起こした地面に埋め込んで行った。
「オイ、さむ! マタ、変ナコトヲヤッテイルナ! 」
ようやく掘り起こした土の端から端まで黒い粒を並べて埋め終わったサムに、別のオークから声がかかる。
サムが振り返ると、そこには4頭のオークがいた。
まだほとんどオークたちは眠ったままだったが、その4頭はどうやら、眠るのに飽きて起きて来た様だった。
「オイ、さむ! ソレハナンダ? 土ナンカ掘リ返シテ、何ヲ埋メテイル? 」
「種を植えているのさ。畑だよ、畑」
4頭の内の1頭からたずねられ、サムはそう答える。
すると、4頭のオークたちは、サムを指さして笑い出した。
「ハタケ! 畑、ダト!? オイ、おと、ふー、りっしゅ! 聞イタカ!? 」
「アア、いでぃ、聞イタトモ! マルデ人間ミタイナコトヲスル」
「ばかナ奴ダ! おーくハソンナコトハシナイ! おーくハ、人間カラ奪エバイイ! 」
「ソウダ、ソウダ! おーくハ強イ、強イカラ人間カラ奪ウ! 強クテタクサン奪ウおーく、イイおーく。畑ツクル、人間ノまねスルおーく、悪イおーく! 」
「ギャハハハ! さむ、弱イ! ダカラ、人間ミタイ二、畑ツクッテル! 」
「さむ、カッコ悪イおーく! ダカラ、おんな二モテナイ! 」
「35ニモナッテ、1人ボッチ! だめナおーく! 」
4頭のオーク、イディ、オト、フー、リッシュは、口々にののしりながら、サムを嘲笑する。
サムは、そんな4頭のことを、目を細めながら眺めている。
4頭のオークが自分をバカにし、嘲(あざけ)っていることは分かっているが、それがどうした、そう言いたげな顔だった。
「オイ! さむ、悔シカッタラ、カカッテコイ! 」
「ソウダ! カカッテコイ! カカッテコイ! 」
「強イおーく、イイおーく! さむ、カカッテコイ! 」
「人間ノまねスル変ナおーく、力、示セ! 力、ナイ、だめナおーく! 」
口々に煽り立てる4頭のオークを、サムは鼻で笑い飛ばす。
「余計なお世話だ。オレは、喧嘩とか殺し合いとか、趣味じゃねーんだ」
腕組みをしながら余裕の表情を浮かべているサムに、サムを嘲笑っていたはずの4頭はかえって悔しそうだった。
「おい、ばかナさむ! かかってコイ! 」
「ソウダ、かかってコイ! 決着、ツケテヤル」
「ぼこぼこ、さむ、ぼこぼこニシテヤル! 」
「ドウシタ、臆病ナおーく! 」
その時、獣の咆哮が辺りに響き渡った。
そのおぞましい声に、サムを煽り立てていた4頭のオークは一気に押し黙り、サムはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
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