1-7「村会議」
オークたちの蛮行は、その日の深夜まで続けられた。
オークたちの旺盛(おうせい)な食欲はとどまるところを知らず、その豚鼻で、人間たちが隠した食糧を探り当てては、貪(むさぼ)り食った。
ようやくオークたちが満腹となった頃、ボスオークは手下たちに引き上げを命じた。
オークたちは、号令に従って、ぞろぞろと村から引き揚げ始める。
たらふく食べたおかげで、みんな、満足そうな顔だ。
オークたちによって村の食糧は大多数が食い荒らされてしまったが、のこった食糧も結局、オークたちが後で食べるために持ち去ってしまった。
村に残されたのは、オークたちによって食べ散らかされた無残な食糧の残りかすと、オークたちに踏み荒らされてしまった村だけだった。
山々の谷間にある村は、決して豊かな場所では無かった。
山肌を削って作った畑からの収穫はそれほど多くは無く、冬を越すための食糧も、決して潤沢では無かった。
春になれば畑にジャガイモを植え、夏になれば収穫することもできるが、村にはそもそも、春まで生きていけるだけの食べ物が無い。
種芋として保存していたジャガイモだって、オークたちに食い荒らされてしまって、運良く残ったものも持ち去られてしまった。
村人たちは、生きていく術を失ってしまったのだ。
朝になってオークたちが村から去ったと分かり、山間から戻ってきた村人たちは、目の前の惨状に呆然とするしかなかった。
オークに手荒に扱われてボロボロになった家々や、奮戦虚しく倒れていった兵士たちや、戦ったり、逃げ遅れたりして亡くなった村人たち。
変わり果ててしまった故郷に、家族に、村人たちは涙する他は無かった。
それでも、村人たちは生きていた。
全てを失っても、まだ、自分自身の命は続いているのだから、その命を保つために、できることをやらなければならなかった。
村人たちが絶望しながらも、死者たちを弔い、負傷者たちを手当てし終わった頃には、また夜となっていた。
すっかり日が暮れた頃、村長の名の下に、村人たちが集められた。
通常、村のことについては、年長の村人たちが集まって協議して決めているのだが、今回は状況が状況であるため、村人たちの全員を集めて、今後の方針を決めることとなったのだ。
といっても、小さな村にとって、とれる方針は多くは無い。
1つは、村を捨てて、難民となるか。
もう1つは、領主に助力を請い、援助を求めるか。
そして、村と運命を共にし、雪の中に消えていくか。
それぞれの意見に多少の違いはあったが、村が取るべき方針として俎上(そじょう)にのぼったのはこの3つの提案だった。
どれも、村人たちにとっては辛い運命だった。
村を捨てて難民となったとしても、行く当てなどないし、受け入れてくれる場所があるとは限らない。
人間が住むのに適した土地、というのは案外少ないものであり、村人たちが居つくことができる土地はまず、どこにもない。
数百人にもなる村人たちを養えるほど食糧に余裕がある地域もまず無いから、そもそも、村から離れても生きていける保証はない。
それに、この村は村人たちが代々に渡って精魂込めて作り上げて来た土地であって、簡単に捨てるとは決められなかった。
領主に助けを求めるにしても、望みは薄い。
この辺りを収める領主は決して評判の悪い人物では無かったが、オークたちの襲撃に怯える村人たちが助けを求めた時に、わずか50名の兵力しか送り込んで来なかった。
援軍としてやって来た兵士たちはみな勇敢で、村のために命がけで働いてくれはしたものの、30ものオークを前には無力で、その大半が討ち死にした。
生き残った者も怪我をしていて、今も苦しんでいる。
援軍が少なかったのは、山間の辺鄙(へんぴ)な村のために大兵力を送り込むのは無駄だと領主が思ったからに違いなかった。
村人たちはオークを実際に目にするのは初めてだったが、その恐ろしさは、伝え聞く話で何となく知っていた。
山の中にある村と違って、きちんとした街道のある平野部に住んでいる領主であれば、30ものオークの山賊たちに対し、50名の兵力では足りないと分かっていたはずなのだ。
かけるコストに、見合わない。
村がさらなる援助を求めたところで、取り合ってくれるとは思えなかった。
3つ目の提案は、ある意味ではもっとも平穏な最期を迎えることができるだろう。
村人たちは、自分たちが愛する故郷で、家族と共に死んでいくことができるからだ。
村人たちの間で議論は紛糾した。
村を捨てようという意見が、生存という可能性ではもっとも大きく、これが多数派だったが、村を離れて旅をする様な体力のない年長者を中心に、村に残りたいという意見も根強かった。
老人たちは難民となったところで生きていける見込みは小さかったし、老人でなくとも、まだ小さな子供らには難民生活はあまりにも厳しすぎる。
それに、難民となったところで、生き延びられるという保証はどこにもない。
そういった理由で村に残りたいという村人たちは、領主に何とか、せめて食糧の援助でもしてもらえないかと頼み込もうと主張した。
もし、領主が食糧を援助してくれたとしても、村人たちが次の春を迎えられる見込みは小さかった。
村の近くにはまだオークたちが残っているから、せっかくの食糧もまた、奪われるだけのことになるからだ。
村と運命を共にする、その案は議題にはのぼったが、人々はそれを積極的に口にしようとはしなかった。
全てを諦めて、座して死を待つことを最初から選ぶ者はいなかったからだ。
長い、長い議論の末、オークたちの食べかすで作った薄いスープの朝食を摂った後、村長は村人たちに向かって、4つ目の、村人が全員生き残り、この村からも離れなくて済むかもしれない提案を行った。
「冒険者さ、雇うべぇよ。強い、強い冒険者さ雇って、オークを退治してもらうだ。そんで、食糧さ取り返すべぇ。冬さえ越して春になれば、草でも食って、何とかなるべぇからよ」
村を捨てる決断は、雪が降り始めて村から身動きが取れなくなる、そのギリギリまで待つことができる。
結局、村人たちは長老の考えに賛成し、足の頑健な若者を選んで、冒険者を雇うべく街へ出発させた。
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