1-6「サム」
「助ける? あたしを? 」
少女は、驚きのあまり、呆然としたままそう問い返していた。
「ああ、助けてやるとも。だから、そんなところから出てきなよ。こっから逃がしてやる」
サムと名乗ったオークは、優しそうな声で少女に呼びかける。
だが、少女ははっと気がついて、竈(かまど)の奥に身体をよせる。
これは、罠に違いない!
「助けるなんて、ウソなんでしょっ! こっから出ていったら、あたしを、頭からバリバリ、って、食べちゃうつもりなんでしょ! 」
「んなこたぁしないってのに。あと、声がでかい。他のオークが来たらどうする? いくら俺でもごまかしきれんぞ」
サムが困った様な顔でそう言うと、少女はしまった、という表情で、慌てて自身の口を両手で覆い隠した。
「おい、ガキ。よく考えてみろよ? 俺が、こんなチャチな竈(かまど)ごときにてこずると思うか? 俺が本気でお前を食っちまうつもりだったら、とっくに竈(かまど)をぶっ壊して、お前を引きずり出しているさ」
オークのことなんか少しも信用できなかったが、しかし、少女は、サムの言うことももっともだと思っていた。
竈(かまど)は頑丈な造りだったが、それはあくまで人間基準の話であって、オークの太くて見るからに強そうな腕なら簡単に壊せそうだった。
「だからな? 俺は悪いオークじゃねぇんだ。お前を本当に逃がしてやるからよ、出て来いって。……ん?」
その時、サムは何かに気がついた様に竈(かまど)の中の少女をのぞき込む様にしていた顔をあげ、後ろを振り返る。
「お母さんっ!? 」
少女は、驚き、それから喜び、そして、泣きそうな顔になる。
サムが振り返った先、そこには、他の家族と一緒に逃げて行ったはずの母親が立っていたからだ。
薄暗い部屋の中で、母親は真っ青な顔をしていた。
顔中から冷や汗が噴き出ていて、その表情は恐怖に引きつり、だが、その双眸には、燦然(さんぜん)と強固な決意が燃えている。
彼女の手には、彼女が普段の家事などで使っている包丁が握られていた。
どうやら、娘の危機を救うために、サムに向かってその切っ先を突き刺そうとしたらしい。
だが、兵士たちの鋭い槍の穂先や、矢も通さなかったオークの外皮だ。
使い古された包丁ではどうすることもできず、弾かれてしまった。
それでも、母親はそこに踏みとどまっていた。
自分の娘を救い出すためには、目の前にいるオークと、化け物と戦うしかないと、自分が戦うのだと、そう決意しているからだ。
サムは、ガタガタと震えながらも、両手で柄を握りしめた包丁の切っ先を自身の方へと向ける母親を見て、嘆息した。
「はぁ。奥さん、別に俺はあんたのガキ、食ったりしないぞ」
そんなサムに向かって、母親は、絞り出す様な声で言う。
「むっ、娘からっ、は、離れなさいっ、ば、化け物めっ」
「あいよ」
すると、サムはあっさりと身体を避けた。
その行動に、母親も、少女も、呆けた様な顔をする。
サムは、右手の人差し指で、ぽりぽりと自身の豚鼻をかいた。
「だからさ? 逃がしてやるって、はじめっから言ってるだろ? 俺はな、本当はこーゆーの、趣味じゃねーんだ。ボスがやるっつーからつき合ってるけどよ、なんつーか、略奪とか殺しとか、嫌いっつーかさ」
母親と娘は、呆けてしまったまま、身動きできない。
サムは、もう一度嘆息した。
「あー、もぅ、めんどくせぇっ! さっさとどっか逃げ出せや! さもないと、2人共食っちまうぞ! 」
そう言うとサムは両手を上にかかげ、2人に向かって襲いかかる様なフリをする。
母親も少女も、自分たちの認識とあまりにも乖離(かいり)している状況に戸惑っていたが、「食っちまうぞ」という、自分たちの認識にもっとも近い言葉に触発(しょくはつ)されて、ようやく動き出した。
母親は包丁をその場に投げ出して娘へと駆け寄り、少女は竈(かまど)の中から煤(すす)だらけになりながら這い出して来る。
2人は抱き合ってお互いの無事を喜び合い、それから、村を襲ってきたのに、自分たちを見逃そうとしている、矛盾した行動をする奇妙なオークの様子を横目でうかがう。
「さっさと行けよ。山の方には、俺たちの用はねぇんだ、山に隠れてりゃ安全だ」
なおも状況を理解できずに戸惑っている2人に、サムはおっくうそうにそう言って、右手で山の方を指し示した。
そこからの母親と少女の行動は、素早かった。
オークの側をかすめるように駆け抜けると、あっと言う間に、闇の中へと消えていく。
「ったく。世話かけさせやがってよ」
サムはそう言うと、両手を腰の辺りに当てて、それから、あることに気がついて残念そうな顔をする。
「あぁ!? あの奥さん、俺の服に穴開けやがったな? せっかくの一張羅(いっちょうら)だったのによ……」
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