1-3「蹂躙(じゅうりん)」

 人間たちが放った矢は、次々とオークたちに命中した。


 だが、オークの強靭な毛皮を貫いたものは、1つも無かった。

 村人たちが木を削りだして作った自家製の矢はもちろん、兵士たちが持ってきた、鋼の鋭い鏃(やじり)を持つ矢でさえ、そうだった。


 オークたちは、まるで落ち葉を振り払うかのように降り注ぐ矢を蹴散らし、堀と城壁へと殺到した。


 堀は、人間相手であれば十分に深く、広かった。

 だが、人間よりも巨大なオークたちに対しては、十分な障壁とは呼べなかった。


 オークたちは堀の中に飛び込み、その中から上半身だけを出しながら、丸太で作られた城壁へと襲いかかった。


 オークの腕は太く、重い。

 その皮膚は硬く鎧の様で、骨格も太くて強固だった。

 その手で、城壁は殴りつけられ、前後に揺さぶられる。


 その拳は、振るわれるだけで高い威力を持つ。

 丸太の城壁は地中に十分な深さを持って打ち込まれたものだったが、オークたちの手によって、次々と破壊され、あるいは引き抜かれていった。


 オークの太い手が壊された城壁にかけられ、醜い化け物の巨体が、ぬっ、と堀の中から姿を現す。


「今だ! 突き殺せ! 」


 槍隊の指揮を執っていた騎士が、配下の槍兵たちに攻撃を命じる。

 兵士たちは初めて、しかも間近で目にするオークたちに動揺しながらも、それでも命令に従って、果敢に槍先をオークへ向かって突き出した。


 だが、その槍先は、オークの肉体には通じない。

 矢がそうだったように、その切っ先はオークの硬い皮膚と、分厚い皮下脂肪とに阻まれて、弾かれるだけだ。


「ハハハハッ! カユイ、カユイ! 」


 オークたちは、自身の武器が全く通用しないことに絶望し、そして、恐怖に目を見開いた兵士たちを嘲笑う。

 そして、兵士が構えていた槍の1つをつかむと、兵士ごとそれを持ち上げて、無造作に放り投げた。


「ぎゃあああああっ!! 」


 悲鳴と共に、投げ上げられた兵士は闇の中へと消えていく。


 圧倒的な力の差を見せつけられて、兵士たちの隊列が崩れる。

 戦う術を心得ているはずの兵士たちが、怯え、すくんで、後ずさっていく。


 自分たちが持っている武器が、少しも通用しない。

 そして、村人たちが必死に作り上げた堀も城壁も、意味を成さない。

 身に着けている鋼鉄製の兜も胸当ても、鎖帷子だって、オークを前にしては紙切れ同然だ。


 それは、戦いとは呼べない、一方的な破壊と殺戮だった。


 オークたちは自らの行為を楽しんでいるかのように、不気味な口元に笑みを浮かべ、その太い腕で人間たちを薙ぎ払い、跳ね飛ばし、村の奥へ、奥へと向かっていく。

 騎士を始め、果敢に抵抗する人間たちもいたが、その多くは逃げるか、オークたちに一方的に殺されていく。


 抵抗を試みた人間は、当然、オークに踏みつぶされ、叩きつぶされていく。

 逃げようとした人間たちも、オークに追いつかれては、跳ね飛ばされ、薙ぎ払われていく。


 怒号と、悲鳴。

 兵士たちが身に着けた鎧ごとオークに潰される、グチャ、という音や、腕の一振りで首から上を持っていかれる、ボンッ、という音が響く。


 弓兵たちは矢を射続けたが、オークたちの進撃を止めることはできなかった。

 やがて、何体かのオークたちが岩肌をよじ登り、弓兵たちが陣地としていた場所まで乗り込んで来ると、弓兵たちもまた、他の人々と同じ運命をたどって行った。


 騎士は全員、その誓い通り村を守ろうと1歩も引くことなくその場に踏みとどまって戦ったが、鎧の上からオークにつぶされただけだった。


 整った武装と、戦うための訓練を受けていた兵士たちでさえ、一方的にオークに蹂躙(じゅうりん)されていく。


 村人たちの多くは、オークと戦う前に逃げ出した。

 村を守る。そのために決死の覚悟で武器を取った村人たちだったが、全く歯が立たないという現実を目の前にしてしまっては、戦う気力もあっという間に吹き飛んだ。


 それでも、数名の村人は果敢にオークに向かっていったが、それは、ほんの数秒間、オークたちの進撃を足止めできた程度の効果しかなかった。


 オークたちは逃げる村人たちを追い、背中から次々と殴り飛ばして行った。

 太い丸太でできた城壁を破壊し、鎧の上からでも兵士たちを叩きつぶすことのできるオークの腕で直接殴られた村人たちは、犠牲になる他は無い。


 悲鳴を聞いて、村の家々で息をひそめていた人々も、慌てて逃げ出した。

 その後を追いかけるように、オークたちが村の中へとなだれ込んでいく。


 しかし、オークたちは、夜の闇に包まれた山の中へと逃げ込んでいく人間たちを、それ以上追いかけようとはしなかった。

 何故なら、彼らが村を襲った目的である食糧が、もう手に入ってしまったからだ。


 欲しいものは手に入ってしまったのだから、人間なんかに用は無い。


 オークたちは村人たちが逃げ出してしまった家々の中へと入りこむと、そこで村人たちの食糧を、その豚鼻を使って探し当て、貪(むさぼ)り食った。

 食材のままで調理されていなくても、お構いなしだ。

 ガツガツ、モリモリ、ムシャムシャ。オークたちは一心不乱に、食糧に食らいつく。


 戦いは、一瞬で決着してしまった。

 兵士たちは数名を残して壊滅し、騎士は全員戦死、村人にも何名もの死傷者が出てしまった。


 オークたちの前では、何もかもが意味を成さなかった。

 堀に、城壁、人間が使う武器。

 それらの全てが、オークには通用しない。


 一方的な蹂躙(じゅうりん)の後には、オークたちが食糧を食らい、咀嚼(そしゃく)し、飲み込む音だけが響き渡った。

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