1-2「オーク」

 松明(たいまつ)の明かりに照らし出されて、闇の中に、醜い化け物の姿が暴き出される。


 人間より頭2つ分は大きな身長に、筋骨隆々の身体、少し出っ張った腹。

 太く長い剛毛と硬く分厚い皮膚で全身を覆われ、胴長で短足、手は丸太の様に太く大きい。

 印象的なのは、豚の様な鼻が大きく突き出した顔と、口の間からのぞく、大きく頑丈そうな歯の列だ。


 狼の様な鋭さは無かったが、噛みついたものは何でも砕いてしまいそうな歯だ。

 そして、その間からは、涎(よだれ)がダラダラと垂れてきている。

 どうやら、怪物たちは腹を空かせている様だった。


 その化け物たちは、イノシシを人型にして、凶悪にしたような姿をしていた。

 身に着けているのは腰布程度で、手には武器も何も持ってはいないが、その巨大な体躯からくり出される素手での攻撃だけでも、人間ごときは軽々と吹き飛ばせるだけの力を持っている。


 オーク。

 この世界では、それらはそう呼ばれている。


 暗闇の中から現れたのは、30体ほどのオークの集団だった。


 昼間の間に行軍して来た兵士たちとは比べるべくもない、規律も秩序も持たない軍団だ。

 ただ、他のオークよりも体格が良く、右の頬に十文字に切り裂かれた傷跡を持つボスオークによって、統率はされている。


 ボスオークが右手を上げると、オークたちは城壁を前に、村からの矢がまだ届かない範囲で立ち止まった。

 ブヒ、ブヒ、と豚の様な鼻息を立てながら、オークたちは、つい数日前までは存在し無かった堀と城壁を眺めている。


 その愚鈍そうな頭脳では、堀と城壁が作られ、人間たちが備えを固めているという現実を理解できないのか。

 それとも、そんな障壁など、自分たちの前では何の役にも立たないと、そう思っているのだろうか。


 兵士たちと村人たちは、オークの集団を前にして、ゴクリ、と固唾を飲み込んだ。

 兵士たちの多くはオークを直接目にするのは初めてのことだったし、村人たちだって、つい数日前まではオークを見たことなど無かった。


 オークたちが初めて村人たちの前に現れたのは、数日前だった。

 その時は、村に対して食糧を差し出せという要求だけしてオークは去って行った。

 村人たちは大人しくオークの要求に従うことも考えたが、村にとって食糧は貴重なものであり、村全体が結束して戦うことが取り決められ、今の状況に至っている。


 村人たちはオークを見たことは無かったが、昔話や伝わって来る風聞によって、その強さは何となく知っている。

 大切な村と食糧を守るために一時は抗戦に決したものの、領主から得られた援軍は期待したほどのものではなく、そして、本物のオークたちの恐ろしい姿を前にして、村人たちの決心は揺らぎつつある。


 彼らにとって、オークというのは、おとぎ話、昔話の存在でしかなかった。

 しかし、オークたちは現実として、彼らの目の前にいる。


 やがて、ボスオークが1歩前へと進み出て、声を張り上げた。

 野太い、野獣そのものの声で、村のある谷中に反射して、響き渡る。


「村人ドモォッ! 約束ノ食糧ヲ受ケ取リニ来タゾ! オレ様タチハ腹ガ減ッテイル! サッサト持ッテ来イ! サモナケレバ、オ前ラ全員、踏ミツブス! 」


 オークは一見、愚鈍な生物にしか見えなかったが、人語を解し、脅迫するだけの語彙力は持ち合わせている様だった。


「貴様らに、食糧は渡さぬ! 」


 ボスオークの要求に対し、城壁越しに外の様子を見ることのできる高所に立った騎士が、堂々と宣言する。


「この村は我が領主の領地であり、村人は我らが庇護下にある! 醜い化け物め! 来るなら来い、我らが剣の鋭さをその身で味あわせてやろう! 」


 騎士はそう言うと、自らの剣を引き抜き、天高く掲げた。

 その姿を見た兵士たちは、一斉に歓声をあげ、自身の胸当てを叩いて、盛んに打ち鳴らす。

 村人たちもまた、それぞれの武器を空に掲げて、雄叫びをあげた。


 すると、オークたちの間で、一斉に笑い声が起こる。

 嘲笑だった。


「何ヲ馬鹿ナ! 貴様ラ人間ガ、おーくニ勝テルハズガ無イダロウガ! 」


 ボスオークがそう言って笑うと、オークたちは村を指さし、腹を抱えてゲラゲラと笑った。

 人間たちの反抗の意図をくじくための脅しなどではなく、心の底から、そう信じ切っている様な笑い声だった。


「来るなら、来い! 」


 そんなオークたちに向かって、騎士は勇敢に声を張り上げる。


「光の神ルクスと、我らが名誉にかけて! 村には1歩も踏み入れさせぬ! 」


 その騎士の言葉に、オークたちは笑うのを止めた。


 もちろん、騎士の言葉で怖気づいたとか、勇気ある言葉に感銘を受けたとか、そんなことは少しも無い。

 交渉が決裂し、戦いが始まるということを、オークたちが理解したからだ。


 城壁の裏で立て籠もっている兵士も村人たちも、その時が来ることを覚悟して、表情を険しくし、武器を握る手に力がこもる。

 城壁を見下ろす谷の上では、弓兵たちが弓に矢をつがえ、いつでも弦を引いて放てるように準備を整える。


 弓兵たちは、日が暮れる前に、どれくらいの力と角度で弓を引けば目標付近に矢が命中するかを確かめている。

 堀と城壁に阻まれた敵を狙って、効果的な射撃を実施できるはずだった。


 オークたちにも、それは見えているはずだった。

 弓兵たちだけではない。城壁の向こうには槍や村人たちの武器の先端が見え隠れしていたし、目の前には、村人たちが数日間かけて必死に作り上げた堀と城壁が立ちはだかっている。


 だが、オークたちは、それらの存在の一切を歯牙にもかけなかった。


 ボスオークはゴキ、ゴキ、と音を鳴らしながら首を左右に振る。

 それから、右手を頭上に掲げ、村へと向けて振り下ろした。


「踏ミツブセ! 」


 オークたちは野太い声でおぞましい咆哮をあげ、地響きを立てて、城壁と掘、矢と槍先の待ち構えている村へと向かって走り出す。


 人間たちの緊張が、ピークに達する。

 それでも、それぞれの隊の指揮を執る騎士たちは、冷静さを保っていた。


「弓、放てぇっ! 」


 予め決めていた位置にまでオークが押し寄せてくるのを確認すると、弓兵たちを指揮する騎士が射撃の開始を命じた。


 一斉に弓兵たちが弓を引き絞り、放たれた矢が、ヒュン、ヒュン、と風切り音を立てながらオークたちの頭上へと降り注ぐ。


 そして、蹂躙(じゅうりん)が始まった。

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