1-1「戦支度(いくさじたく)」
山間の谷間にある小さな集落にとって、秋は特別な時だった。
秋は、実りの季節だ。
春まきの小麦が育って収穫される時期だし、山々には様々な木の実が成る。
人々は冬の間の貯えを手にするために、懸命に汗を流して働く。
そして、生きるために必要な糧を与えてくれる大地に、自然に、感謝の祈りを捧げる。
例年であれば、大地からの恵みに感謝するためのお祭りで、村は慌ただしくなる。
人々は家々を飾り付け、着飾るための衣服を仕立て、年に数回しか食べることの無い豪華なご馳走の準備で忙しくなる。
だが、今年は、別の理由で慌ただしかった。
人々は、周囲の木々を切り倒して作った丸太の一方の先端を削って尖らせ、村のある谷間の出入り口の地面に次々と打ち込んでいく。
それは、侵入者を拒むための城壁だった。
村人たちは総出で働いていた。
城壁だけではない。その前には堀も作っていて、できるだけ深く堀を作るために、男も女も、ツルハシやシャベルを振るっている。
そういった肉体労働には不向きな老人や子供たちは、村の中で、硬い木の枝を削って七面鳥からむしり取った羽を使って矢を作り、どんどん積み上げていく。
人々は、熱心に戦の準備をしている。
例年であれば、村はお祭りで忙しかったはずだった。
ワイワイ、ガヤガヤ、賑やかに、年に1度の楽しいイベントのために、みんなで準備をしているはずだった。
だが、今年は違う。
誰もが険しい顔で、緊張した様子で、必死になって、戦う準備を進めている。
異様な緊迫感の漂う村に、1人の青年が駆けてくる。
物見のために村の外へと出かけていた若い村人の1人で、村に向かって、おーい、おーいと叫びながら、全速力で走って来る。
「援軍だ! 援軍がきたぞぉっ! 」
その言葉に、険しかった村人たちの顔が一気に明るくなる。
中には、「ご領主様は私らを見捨てていなかった! 」と、涙ぐむ者までいる始末だった。
それでも、村人たちは手を止めなかった。
城壁はまだまだ未完成で、もっともっと頑丈に作らなければ村の出入り口を塞ぐことなどできなかったし、堀の深さも幅も、人間を阻むのには役に立つかもしれないが、これからこの村に攻めよせてくる敵に対しては、まだまだ不十分なものだからだ。
やがて、兵士たちの一団が姿を現したのは、谷間にある村に少し早く訪れる夕暮れ時だった。
やって来たのは、50名ほどの兵士の一団だった。
完全武装の兵士たちだ。
剣に、槍に、弓。鋼鉄製の良く磨かれた兜と胸当てを身につけ、揃いの軍服の下には鎖帷子(くさりかたびら)を着込んでいる。
部隊の指揮官たちらしい数名は、体格が良く足の太い、山岳部でも走ることができそうな頑健で毛並みの良い軍馬にまたがった騎士たちで、全身を上等な甲冑で守っている。
それに続くのは、20名の槍兵と、20名の弓兵。そして、騎士たちの従者たち。
隊列は2列縦隊、この周辺を領地とする領主の紋章が描かれた旗を先頭に掲げた、堂々とした隊列だった。
よく磨かれた鎧に夕日が反射してきらめき、兵士たちは誇らしげに胸を張って行軍して来る。
だが、その姿を見て、村人たちは失望を隠すことができなかった。
「たった、これだけか!? 」
「こんなんじゃ、ひとたまりもないぞ! 」
だが、援軍は、援軍だ。
村長以下、村の長老たちは50名の援軍を丁重に出迎えた。
すると、騎士たちは面頬をあげ、自分たちが来たからには必ず村を守って見せると、胸甲を叩いて確約する。
「光の神ルクスと我らが名誉にかけて! 必ず、この村は守り通す! 」
頼もしい光景だったが、しかし、村人たちの表情は、少しも明るくならなかった。
やがて、日が暮れた。
村の防御設備は、ようやく形になった。
ここ数日間、村人たちが必死になって作って来た城壁がようやく谷の出入り口を覆い隠し、堀も広く深くなった。
村へ出入りできるのは丸太を並べて作った城壁に作られた門の1か所だけで、これなら、少数の兵力でも長期間に渡って村を守れるはずだった。
村人たちは作業によって疲れていたが、それでも、休むことなく戦う準備を整えた。
武器を扱えるものは武器を取り、防具のある者はそれを身につけ、戦うことのできない非力な老人や女子供は家々に隠れ潜んで、固く戸を閉ざした。
弓を持った兵士や村人たちは城壁の左右の山肌の高所に陣を取り、村人たちが総出で作った予備の矢の束を運び上げて、城壁の手前に集中射撃できるような隊形を作る。
槍兵たちは城壁のすぐ後ろで一列に並び、そのさらに後ろに、斧、熊手(くまで)、鍬(くわ)、鋤(すき)、木を削っただけの粗末な槍など、有り合わせの武器で武装した村人たちが隊列を組んでいる。
正規の兵士50名、村人100名から成る軍団のできあがりだった。
その軍団の指揮をとるのは兵士たちの長でもある騎士で、そのもっとも年長の騎士からの号令を、下馬した他の数名の騎士たちが各隊に伝達する構成になっている。
視界を確保するために、村の周囲では、煌々(こうこう)と松明(たいまつ)が燃え盛っている。
村人たちも兵士たちも昼間から動き続けており、疲れているはずだったが、彼らはその時に備えて、両眼を見開き、緊張した面持ちで待ち構えている。
やがて、明るい時に兵士たちの到来を告げた青年が、暗闇の中を叫びながら駆けてくる。
「オークだぁっ! オークが、来たぞぉっ! 」
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