第4話

九鬼龍作は、喜之助氏の返事を待った。


沖田昇平は妻の明美が気掛かりだった。一人で大丈夫だろうか、まだ首もすわっていないんだから、ぼくも傍にいて手伝ってやらなくては、と考えれば考えるほど、こんな所で妖精が出て来るのを待っていられないんだけどな。

明美は、なるほど子供を産み、一応りっぱな母親になったのだが、ぼくもだけど、この先あの子をうまく育てて行けるだろうか、と不安になってしまう。何よりも問題なのは、どうやって生活をしていくか、を考えなければならない。しばらくは貯金を崩せばいい。貯金が無くなるまでに手立てをかんがえなければいけない。一番いいのが、盗まれた金の斧をもっと父の元に帰ることだった。

だが、実際は無理だった。だから、死ぬしかなかったのだ。生まれたばかりの赤ん坊を残して死ぬのは、こんな馬鹿はいない、と彼自身十分理解していたのだが、死を選んだ。浅はかとしか言いようがない。

その時現れたのが、あの男だった。何処の誰か知らない人が、命を助けてくれた。僕だって妻とまだ生まれて間のない子供を残して死にたくない。そうするしか方法がなかったので。

ここで待っていると、湖の中から妖精が現れる。その妖精は君の家から無くなった金の斧を金の斧を持っていて、君に渡してくれるはずだよ、と言って、あの男は何処かに行ってしまった。

彼としてはあの男を信じて、ここで妖精を待ち続け、その妖精とやらが金の斧を持って現れればいい。そんな馬鹿なことはない、と思ってしまう。しかし、現れなかったら・・・可笑しなことに、なぜかあの男の言ったことを信じている。

(待つしかないのか)

と、昇平は思うのだった。

それにしても、あの男は家の様子とか父喜之助の生い立ちなどを聞いて来た。

昇平は首をひねった。

何処の誰とも知れない男に、家の秘密をあれこれしゃべってしまったのか。後悔はないのだが、なぜ、あんなに素直にしゃべったのか分からない。命の恩人であることには間違いないのだが。

まあ、彼としては、金の斧さえ手に入ればいいんである。家に帰るきっかけになるんだから。


昇平はけっして親父が嫌いではなかった。龍作は昇平の話を聞いていて、そう感じた。だが、彼の弟には別の感情がはっきりと出ていた。

「弟の昌美は別だ。あいつは、俺を心から馬鹿にしている。兄の俺を、である。それが、彼には許せない」

とはっきりと言った。彼の目が憎しみでランランと光っていた。

あいつは、どうなってもいいと思っている。犯罪にならないのなら、俺はあいつを殺したい、そう言葉に出しそうになった。あの男には言わなかったが、僕の口ぶりから、ひょっとして気付いたかも知れない。それでもいい。彼は、この気持ちを隠す気はなかった。

それにしても、親父は、なぜ俺につらく当たるのか、さっぱり分からなかった。

喜之助・・・親父は足を引きずって歩いている。そんなに目立つ歩き方ではないんだが、昇平は前々から気になっている。

「若い時の経歴・・・そうだな、どんなことがあったか聞いたことがあるか?」

とあの男は聞いて来た。

知らないと昇平は正直に答えた。そんなことを聞いても答えてくれないのを、彼はよく知っていた。聞いたところで、喜之助氏は多分話したがらない。むしろ、聞いたら怒るような気がする。だから、昇平は聞かない。

すると、あの男は、

「わかった。そっちは、私の方で調べることにする。」というより、九鬼は警察内の友人に調べてくれるようにすでに依頼していて、沖田の家を訪れる前にその詳細に、喜之助氏の経歴から多分この地から一歩も出ていないだろうが、警察に何か残っていないかを調べるように頼んだのだ。もうすぐその連絡があるはずである。

龍作は喜之助氏の歩く左足を見ている。確かに、喜之助氏は左足を引きずっている。

やはり、事故があったんだな。自分で傷つけたというより、何かがあった、間違いない。だが、なぜ、その事故を隠すのか、この男、単に意地悪い老人ではないかも知れない。むしろ、周りの人に気を使っているに違いない、と龍作は推測した。

龍作は錦織警部に、

「ちょっと頼みたいから来てくれないか、ちょっと遠いが・・・」

と呼び出した。錦織警部は小原警視正が最も信頼する部下で、警視庁内でもまあ優秀な刑事の一人に入る。どうしてそんな所に九鬼の仲間が入り込んでいるのかは、いずれ明らかになるが、今はそんなことは余り重要でない。

呼び出した場所は、東京から西に車で二時間ほど田舎町である。

「すいません、渋滞していたもので」

と頭をかきながら、龍作の前に現れた。

「こっちこそ、こんな遠い所まで来てもらってすまなかった。さっそくだが・・・」

龍作は簡単に用件を伝えた。

「分かりました、帰ったら、すぐに調べます」

龍作の要件を聞き終わると、錦織警部は帰って行った。

もうすぐその調査結果を知らせにやって来るはずである。


「あれは・・・」

と、沖田喜之助氏は話し始めた。龍作もちょっと驚いた、問い詰めなくても、こんなに早く真実を話すとは思わなかった。期待はしていなかったのだか、

(まあ、いいか)

龍作は喜之助氏の動きに注目した。

「あの金の斧は先祖から伝わって来た家宝だから、絶対に無くすわけにはいかない。九鬼龍作とやらに盗まれるのならいい。金の斧は存在し続けるのだから。確かに、お前の言うようにあの金の斧は偽物だ」

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