第3話
九鬼龍作は母屋のインターホーンを押した。
しばらく待っていると、引き戸が開いた。五十過ぎの愛想のない男が顔を出し、小さな口が真一文字に引き締まっている。この男が秘書の中村だろう。
「喜之助氏はお出でになりますか?」
「あなたは・・・お約束は?」
龍作はどう言おうか迷ったが、
「約束はないが、喜之助氏は、今日私が来るのをご存じだと思います」
と伝えた。彼にとってウソは常套手段なのだ。龍作は秘書を侮蔑し、目を一瞬たりとも逸らさない。
沖田昇平からごたごたしている家族内の様子を出来るだけ詳細に、龍作は聞き出していた。氏は余りしゃべらない人のようだ。それならそれでいいのだが、子供としての親の印象とか親の・・・喜之助氏の風貌、しゃべり方、歩き方、癖なども昇平の分かる範囲で聞いた。龍作は、そのすべてを頭の中にねじ込んだ。いくつか気になったことはあるが、二つ。あえて昇平に問わなかったが、なぜ金の斧が偽物と判明・・・喜之助氏は分かっていたはずなのに、人、他人に向かってそれを宣言しなかったのか。もちろん昇平も偽物なのを知らなかつたようだ。警察も知らない。だから、警備に当たっていたのである。もう一つは、由利江だ。昇平が言うには、父喜之助氏が連れて来たという。いつの間にか住み着き、中でも弟の昌美と意気投合していたようだ。そうかといって、昌美たちと行動をしなかったし、この家から一歩も出るようなことはなかったようだ。由利江のこのような態度も、龍作は気になった。
龍作が見た処、昇平は弟と由利江が意気投合していると言っていたが、彼女には昌美のことなど全く関心が無いように思えた。今、龍作は仲間に由利江の行方を探さしているが、今の所まだ連絡がない。
だが、龍作にはある程度想像がついていた。
沖田喜之助氏についても、ここに来る前に調べるように頼んでいた。愛想はないが、実直真面目な老人のようだ。短期のようだが・・・多少気になる。だから、由利江が、彼の子である可能性はあり得ない・・・こっちは、男と女の関係だから、どう転ぶか龍作にも分からないのだが。
「君は、誰だ?」
六十二歳らしいが、結構老けて見える。七十といってもけっして言い過ぎではない。
「私は、昇平さんの知り合いです。彼からの言付けを伝えに来ました」
「言付け・・・そんなことより、あいつは、今何処にいる?いなくなって、もう半年なんだぞ」
喜之助氏は不機嫌な口ぶりだ。出て行けと言われて、素直に出て行ったので少しは驚いているのかも知れない。
「まあまあそんな顔をしないで。まず、言付けから言います。金の斧が盗まれたことに、昇平さんはすごく責任を感じています。彼、昇平さん、ついに金の斧を探し出したようで、もうじきこの家に持って帰って来ます、と私に言づけられました。これって、本当ですよ」
この間、龍作は喜之助氏の観察を怠らない。部屋の中を歩き回り、落ち着きがない。性分もあるんだろうが、本心は昇平を心配しているのかも知れない。
「今何処にいるかは言えません。言えるのは、元気です。それに・・・」
龍作は迷わずに言った、「お子さんが生まれました」
喜之助氏は一瞬不機嫌な顔色が消えた。
「そうか」
続けて、何か言う素振りを見せたが、
「あいつは、長男だ。もっとしっかりしてくれなくて、困るんだ」
どうやら昇平を全く無視しているのではなさそうだ。
「昇平君は金の斧を持って、ここに、そうです、あなたの所に持って帰って来ます」
「ふん、どうだかな。あんなもの、どうでもいい」
喜之助氏はあの金の斧を持って来るなんて信じていないようだ。どうでもいい・・・喜之助氏は当然金の斧が偽物と知っているから・・・その秘密は喜之助氏しか知らないことになる。
「大丈夫ですよ。見掛けは頼りなく見えますが、彼はきっとうまくやって、金の斧を持って来てくれると思いますよ」
ここは二十畳くらいのリビングだったが、客間としても利用されているように見えた。窓よりの真ん中に白い革のソファがあり、ずっしりとした重みを感じさせるサイドボードが背後にある。その上には、彫刻の銅像が何品か不ぞろいに並べられていた。主人の喜之助氏は、そういうことに余り気を使わないように見えた。そこで、
「これらは、もちろん本物ですね」
と聞いた。
「当り前だ。ここにあるすべてのものは全部本物だ。私は偽物が嫌いだ」
どうやら自分のまわりにあるものに自信と誇りがあるように見えた。木造で日本風の建物だったが、リビングのシャンデリアはヨーロッパ、そうパリの社交界にでもあるような派手なもので、この家には不釣り合いに見えた。
二階に上がって行く階段があったが、その途中に何処かで見たような絵が掛けてあった。おそらく、それも本物だろう。
「おい、中村、あいつが来たら、捕まえておいてくれ」
秘書に言いつけた。そして、手で合図をして、秘書を下がらせた。
「ところで・・・」
龍作はサイドボートの前まで行き、裸婦の銅像を指さし、
「これも、本物ですか?」
ときいた。
喜之助氏は口を歪め、笑みを浮かべた。
「当り前だ」
と一言だけ、答えた。
今度は、龍作が、喜之助氏にゆさぶりをかける。
「そのあなたの持ち物である金の斧が、どうして偽物だったのですか?」
喜之助氏の顔色が変わったのを、龍作は見逃さなかった。
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