第153話:非常識に対応できる常識人

 五日後、アンジェルムの街に近づいた俺たちは、穴を掘って街に侵入。地下に用意していた作戦会議室の壁を壊し、拠点内に戻った。


 どうしてこんな不法侵入者みたいなことをしているのかと言えば、実際に不法侵入をさせているからである。


「すごーい! ガラスのウサギさんがピョンピョンしてるー!」


「おやおや、屋敷全体に魔力が満ちているとは。不思議なことをされますね」


 ユニコーンの杖を修理するため、魔帝国からレミィとジジールさんを連れてきたんだ。さすがに家宝ということもあって、俺が預かるのは気が引けたし、レミィも心配していたから。


 その間、ベルガスさんを中心に地中の魔力濃度を調べてもらったり、魔晶石を採取してもらったり、凶悪な魔物を討伐してもらったりすることになっている。


「向かい側は領主様の家なので、外に出ないでくださいね。話が通じそうな人に相談して、どうしたらいいのか話し合ってきます」


「誇り高き魔族が問題を起こすわけには参りません。大人しく滞在しましょう」


「ボクも大人しくしてるー!」


「念のため、リズとメルは拠点にいてくれ。何か問題が起きたときに対処してほしいんだ」


 うん、と頷く二人が手を差し出してきたので、大量のぬいぐるみを置いて、拠点を後にする。


 まず初めにやるべきことは、武器を直せそうな人物にコンタクトを取ること。職人肌の強いヴァイスさんなら、国家間で問題を起こさないと約束すれば、魔族の武器でも修理してくれると思う。むしろ、魔族の家宝を知りたいと興味を抱くはずだ。


 速やかにヴァイスさんの鍛冶屋までやって来ると、関係者を装って、工房まで侵入。そして、ひとまず強引に権力者を従える。


「ヴァイスさん。今までの貸しをチャラにする案件ができました。今すぐ協力してください」


「とんでもねえ脅しを使うようになったな。国家クラスの大事件の処理をさせようとしてねえか?」


「気のせいです。頼まれていた魔晶石も上げますから、ちょっとついてきてください。大きくて良いものがあったんですよ」


「おぉ、確かになかなか大きい魔晶石だな。これが一つあるだけでもって、オイッ! まさか魔帝国に行ったのか! 無茶はしていねえだろうな!」


 ヴァイスさん、さすがですね。リズ並みのノリツッコミをするとは思いませんでしたよ。


 ここで詳しく説明すると面倒なことになりそうなので、ヴァイスさんを引き連れて、別の場所へ向かう。


 当然、依頼報告が必要な冒険者ギルドになる。のんびりと書類整理を行い、グッとノビをしているエレノアさんの元へ向かった。


「大事な依頼報告があります。少々お時間をいただいてもよろしいですか?」


「あれ? 今日はミヤビくんだけですか? 確か……魔の森の調査依頼に向かいましたよね。リズちゃんもメルちゃんも見当たりませんが、何かまずいことでも起こりましたか?」


「いえ、愉快なことが起きただけで、二人とも無事です。でも、緊急性の高い話し合いが必要になりましたので、大至急トレンツさんの元へと向かいましょう」


「ど、どういう意味ですか? それに、なぜヴァイス様まで同行を? ちょ、ちょっとミヤビくん! 待ってください!」


 大勢の人に聞かれては困るため、とりあえず、二人がついてくることを信じて、冒険者ギルドを後にする。


 最後に、三人で領主邸に向かい、トレンツさんの面会を希望すれば、完璧だ。俺の目の前に、非常識に対応できる常識人たちが集結した。すでに嫌な予感がしているのか、ソファに座っていながらも深刻な表情をしているため、怒られそうな雰囲気しか出ていない。


 人選ミスしたかな……? いや、二人の権力者と擁護してくれる姉が一人だから、間違っていないだろう。


「落ち着いて聞いてください。魔の森の調査依頼に向かった俺たちは、魔族と遭遇しました。仲良くなって話し合ったところ、魔の森に異変が起こっていることが発覚し、成り行きで協力することになりました。今までのところで、何か質問はありますか?」


「話を続けてくれ。意味がわからなすぎて、逆に質問が出てこねえ」


「私は魔の森へ行ったことしかわかりませんでした。詳細を希望します」


「まさかミヤビくんの言語が理解できないとは思わなかった。もう一度、初めから話してくれないか?」


 よし、上出来だ。怒られないのであれば、何も問題はない。


 いったん仕切り直した俺は、常識人たちの真顔を眺めながら、最初から丁寧に状況説明を始めた。


 ・普通に魔族が話せる種族だったこと

 ・争う気がなく、平和的解決を望んでいること

 ・文化が違うために誤解が生まれやすいこと

 ・ヴァイスさんに武器の修理をお願いしたいこと


 あまりにもぶっ飛びすぎた話だったため、五周くらい回って逆に落ち着いたのか、三人は俺の話によーーーく耳を傾けてくれた。途中で同じセリフを三回ほど言わされたこともあったけど、理解はできたらしい。


 その証拠に、エレノアさんは頭を抱え込み、ヴァイスさんは魔晶石とマジックアースに興味を持っている。そして、顎に手を当てて何かを考えていたトレンツさんが、口元を緩めた。


「魔族との交流を深めるチャンスだな」


 まさかの吉報である。これには、エレノアさんとヴァイスさんの驚いた顔が印象的で、俺の脳裏に焼き付いてしまいそうだよ。


「先ほども言いましたが、俺が接した限り、魔族に害はありません。実際に魔帝国の四天王であるベルガスさんに招待されて、屋敷で一晩過ごしました。魔族は気に入った相手を自宅に呼んで、もてなす文化があるみたいです」


「惜しいな。領主が不干渉条約を破るわけにもいかないし、唐突に魔族を招待すれば、屋敷内で大混乱が起こる。かえって、魔族に悪い印象を植え付けてしまうだろう」


「許可いただけるのでしたら、魔族を変装させて、。街の滞在を黙認する形にしていただき、交流を深めたいと意思表示をするのはどうでしょうか」


 当然、すでに魔族を家に招き入れてるなど、口がすべっても言えない。反発されることも考慮して、二人の魔族が近辺で待機中と説明している。


「ミヤビくんの屋敷なら、魔族も満足してくれるだろう。その方向でお願いしよう。だが、このチャンスを逃すのはもったいない。大至急、早馬を走らせて、フォルティア王国に掛け合ってみる。ベルディーニ家が頭を悩ませ続けてきた魔族の問題が解決できるなら、これほど嬉しいことはない」


 説得が難しいと思っていたトレンツさんが協力的なのは、非常に助かる。付き合いがあるとはいえ、冒険者の意見を素直に信じてくれるなんて、信頼関係が強く結ばれている証拠だ。


「ワシも魔族の武器に興味がある。鍛冶師として、このチャンスを逃すわけにはいかねえな」


 権力者であるヴァイスさんも仲間に付けば、もう怖いものなど存在しない。フォルティア王国が文句を言ってきた場合は、全力で隠れ蓑に使わせてもらおうと思う。


「修理代金の交渉などは、自分でやってくださいね。金額が想像もつかないので」


「報酬は魔晶石でいいだろう。交流が深まり、定期的に卸してもらえる近道になれば、何も文句は言わねえ。厄介なことになるのはマズイが……、そのあたりは武器を見てから決めるとするか」


 やりがいのある仕事に笑みを浮かべるヴァイスさんを見れば、何とかしてくれる気がする。伝説級の武器になると思うけど、制作は厳しくても修理だけなら……という思いでいっぱいだ。


 そして、話がまとまろうとしているため、エレノアさんが無理に反論することもない。


「ひとまず、悪い方向にならないようにギルドマスターに相談します。トレンツ様が前向きな考えを持っておられる以上、冒険者ギルド的には問題ないと思いますが」


「もっと詳しい話が必要なら、リズに声をかけてください。魔の森の異変を解決させる方法は、リズにしかわからないので」


「わかりました。魔力スポットについては、私も聞いたことがある程度なので、そちらもギルドマスターに相談が必要ですね。冒険者ギルドに資料があったような気がしますし、調べてみたいと思います」


「よろしくお願いします」


 この日、順調に話が進み、魔族の滞在が許可された。


 極秘ということもあり、一部の人間にしか知らされることのない、極秘の異種族交流。念のため、冒険者ギルドのギルドマスターが直々に領主邸に張り込み、警戒してくれることになった。


 あとで冒険者ギルドに睨まれるのは敵わないので、トロールキングの亜種を持ち込み、機嫌を取っておくことにしよう。魔族からの寄付です、などと適当な理由を添えてね。


 魔族の二人には行動範囲が制限されてしまうけど、こっちも問題はない。うちの拠点には、子供のロマンが詰まった猫ハウスが存在するし、俺はクラフターだからな!

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