第152話:レミィの友達

 魔の森の異変について、確信に繋がる話し合いが進んでいるため、ベルガスさんは真剣な表情で考えていた。


「ここまでのことがわかれば、魔物繁殖エリアの原因がわかるかもしれん。明日、魔晶石の湖まで足を運んで、土を採取して調査を始めるとするか」


「俺、魔晶石もあそこの土も両方とも持っていますよ」


「なんだと!? まさか土壌の異変に気づいていたとは。本当に人族は侮れないな」


 いや、まったく気づいてませんでしたけど、素材マニアである俺の習性なんですよね。基本的に新しい土地で掘ったものはインベントリに残し、持ち運んでいる土で地面を埋めているんですよ。ちょっとしたコレクションみたいなものなので……、恐縮です。


 早速インベントリの中を確認すると、知らない土が収納されていることに気づく。脳内で『マジックアース』と表示されているんだ。今まで『土』と表示されるだけで、こんなことは一度もなかったんだが。


 少しばかり嫌な予感がしつつも、右手に魔晶石を取り出し、左手にマジックアースを持った。その両者を近づけると……、予想以上に強い反応が発生する。


 綺麗な緑色をしていた魔晶石がドス黒く染まり始めたんだ。呪われているのかと思うほど不気味で、黙って聞いていたメルとレミィまで、険しい表情になっている。


 魔の森が異様な雰囲気を出していたのも、この影響だろうか。土壌が変化したため、少しずつ木が魔力で汚染されているのかもしれない。


「リズ、対処法は?」


「魔物繁殖エリアにある魔晶石を採取して、魔力スポットを浄化するのが一番かな。それだけ反応が強いなら、レミィちゃんの聖属性魔法が通じるのか不安なところはあるけど」


 みんなの視線がレミィに集まり、シーンと静寂に包まれた。恐る恐る俺の方に近づいてくるレミィは、ドス黒い魔晶石を近くで見て、ゆっくりと首を横に振る。


「いまのボクにはできないよ。武器がボロボロに壊れちゃってるの。聖属性魔法が使える魔族は、うちの家系以外にいないし……どうしよう」


 責任を感じてシューンと落ち込むレミィを見て、俺は魔晶石をインベントリの中に入れ、頭をポンポンッとして慰める。


 ベルガスさんは魔法を使っていなかったし、今はレミィ以外に聖属性魔法が使える魔族はいないんだろう。レミィが悪いわけではないし、背負い込む必要はない。魔晶石を採取して減らすだけでも、状況が変わる可能性もある。


 もし変化がなかった場合、勝手に聖属性魔法が得意な人族を呼んでくるわけにはいかないし、魔族に協力してくれる聖属性の魔法使いがいるとは限らない。


 一応、魔の森の異変も解明できたと思うし、冒険者ギルドの調査で来た俺たちに、これ以上のことはできないかな。冒険者ギルドと領主様に掛け合うにしても、さすがに厳しいような気が……。


 そう思っていると、扉をガチャッと開ける音が聞こえてきた。ジジールさんが白い箱のようなものを持ち込み、部屋の中へ入ってきたんだ。


「生産スキルを拝見させていただいた限り、ミヤビ様に任せても大丈夫でしょう。先代魔王様の執事をしていた私が保証いたします。ベルガス様、いかがなさいますか?」


 突然、天地がひっくり返るようなパワーワードをぶち込まれ、俺は動揺する。


 錬金ジジイと呼ばれていると笑っていた人が、先代魔王の執事だと!? そんな偉い人に俺はドヤ顔を決めて、クラフトスキルを見せていたっていうのか。


 本格的に非常識なエピソードを他国で作らせないでくれよ! フォルティア王国だと、国王様にも非常識だと認知されているけどさ!


「ジジールが言うなら、疑うことはない。ましてや、ドラゴンソードを眉一つ動かさずに修理するだけでなく、丁寧にぬいぐるみまで作る男だ。我が家宝の修理を託すとしよう。何と言っても、レミィの友達だからな」


 くくくっ、と笑い始めるベルガスさんを見て、俺は思った。ホワイトクジラの友達作戦が裏目に出てしまい、断れない雰囲気になっている、と。


「おやおや、早くもレミィ様の友達になられているのであれば、話は早いですな。では、こちらをどうぞ。この屋敷に二千年以上も伝わる家宝、ユニコーンの杖とユニコーンの角になります」


 白い箱を俺の前に置いたジジールさんは、そっと蓋を開ける。そこには、白銀に輝く角と、大きく損傷した杖が入っていた。


 パッと見た限りでも、この素材はレベルが違うとわかる。ドラゴン素材でも感じない波動を放っていて、まるで生きているかのような存在感があった。


「ボクのボロボロの武器、ミヤビは修理できる?」


 ユニコーンの角に気を取られていると、いつの間にか顔を上げていたレミィが、ウルウルとした瞳で俺を見つめていた。必死に泣かないように口をギュッと結ぶ姿を見れば……、放っておくことはできそうにない。


 魔族にとっては赤ちゃんみたいに小さな子が、みんなのために頑張ろうとしているんだから。


「俺の専門は武器の修理じゃないけど、やれるだけのことはやってみるよ」


 フゥー、と息を吐いて気持ちを整えた後、俺はユニコーンの杖を両手で優しく持ち上げる。


 魔族の武器修理は錬金術師が担当している以上、先代魔王の執事をしていたジジールさんでさえ直せていないはず。手に取って初めてわかったが、これは安易にクラフターが踏み込んでいい領域ではない、そう断言してもいい。


 この杖を作ったのは、おそらく鍛冶師だ。総合職に分類される錬金術師でも、特化した能力を得るのは厳しいんだろう。寿命が長いといっても、色々なことができる反面、一つのことを極める人が少なくなるから。


 そして、問題は付与魔術になる。


 普通に付与魔術を施していたわけではなく、二重に聖属性が付与されているんだ。一つの武器に二重付与するなんて、今まで考えたこともなかったし、やり方も知らない。


 こんなこと、いまの俺にできるんだろうか……。


 でも、まずは付与魔術を施す状態まで持っていかないと、付与行為自体ができない。そうなると、あの人にお願いするしかないだろう。


「この杖を直せそうな人物に、一人だけ心当たりがあります。フォルティア王国に持ち運ぶ必要がありますが、どうされますか?」

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