第154話:男泣き

 翌日、ヴァイスさんに仕事の都合をつけてもらい、パーティ拠点に招いた。


 家の中を走り回って遊ぶメルとレミィに、執事らしく礼儀正しいお辞儀をして挨拶をするジジールさん、そして、呆気に取られて固まるヴァイスさん。


「ワシの知ってる魔族じゃないぞ。平和すぎるじゃねえか」


 角と尻尾がある以上、どう見てもレミィが魔族である認識できる。が、天使のような笑顔で遊ぶ姿を見れば、ヴァイスさんが混乱するのも当然のこと。


「昨日、トレンツさんの屋敷で言いましたよね。文化が違うだけで、普通に会話が成立する種族になります。付き添いのジジールさんも同じ生産職の方ですから、良い刺激になると思いますよ」


 メルとレミィの和む光景を見た後は、大人の話し合いをするために応接室へ向かう。そこには、机の上にユニコーンの杖と角が入った箱が置かれ、ジジールさんが座っている。


 魔族を見慣れた俺は何も違和感がないけど、ヴァイスさんは違う。礼儀正しいジジールさんが立ちあがって一礼すると、戸惑い隠せないくらい大きな口を開けて驚いていた。


 今までの魔族のイメージとはかけ離れ過ぎているんだろう。珍しく緊張した様子を見せてヴァイスさんは近づき、恐る恐るジジールさんに片手を差し出す。


「ワ、ワシはヴァイスだ。武器を直しに来た。よろしく頼む」


「魔帝国の四天王ベルガス様の執事をしております、ジジールと申します。以後、お見知りおきを」


 ジジールさんが手を取り、握手を交わした後、二人は向き合うようにソファーに座る。が、やっぱりヴァイスさんは動揺していて、握手した手をジッと見つめていた。


 魔族と普通に接することができると、実感しているみたいだ。


 本来であれば、魔族であるジジールさんを前にして、ヴァイスさんがこういう失礼な態度を取るはずがない。予めジジールさんに、人族が思う魔族について説明しておいて、正解だったかな。


 自分が視線を集めていることに気づいたヴァイスさんが、申し訳なさそうに手を引っ込めたところで、本題に入ろうと思う。


「今回は、魔族にとって大事な武器の一つを持ってきてもらっています。ヴァイスさんは変なことをする人ではないと知っていますが、作業はジジールさんの監視の元でやってもらうつもりです」


「ワシは構わん。そんなことで安心するなら、条件を飲もう。だが、場所はどうするつもりだ? うちの工房でやろうと思うと、魔族がいるだけで大騒ぎになるぞ」


「それに関しては、うちの屋敷の外に新しく臨時で作業スペースを作りました。レミィも家で遊ぶのは限界が来るでしょうし、外から見えないように塀で囲んでいます。ヒンヤリブロックも置きましたから、作業はしやすいと思いますよ」


 長期滞在も視野に入れると、メルとレミィを屋敷の中に閉じ込めておくのは、限界が来る。そのため、パーティ拠点の塀を高くして、入り口には大きな門を設置。敷地内なら自由に行動できるように、昨日のうちに対処しておいた。


「外に見慣れねえ小屋があったが、ワシの作業場だったか。準備はバッチリ見てえだな」


「一応、人族の代表になりますし、フォルティア王国にも影響しますからね。ちなみに、ユニコーンの杖を装備するのは、いまメルと元気に遊んでいる魔族の女の子です。見たままの無邪気な子で、間違った使い方はしないと思いますよ」


 うーん、とヴァイスさんは唸り、腕を組んで考え始める。


 魔族の作う武器に興味があるとはいえ、戦争の道具に使われるわけにはいかない。魔族に代々受け継がれることを考慮すれば、修理できたとしても、慎重にならざるを得ないだろう。


「ジジールさん。あまり引っ張っても仕方ありませんし、ユニコーンの杖を出してもらっていいですか?」


「わかりました。少々お待ちを」


 机に置いてある白い箱をジジールさんが開けると、ヴァイスさんの表情が一変する。


 伝説の鍛冶師と言われるヴァイスさんには、違う光景でも見えているんだろうか。吸い寄せられるようにユニコーンの杖を両手で取り、驚愕していた。


「これが、魔族の家宝となる武器か。一見、見た目はボロボロに見えるが、核となるものは損傷していねえ。大事に使われていたことは明白で、武器も直りたい思いで溢れている。こんなにも武器が悲しむとは……グッ! 遥か昔から受け継がれてきたんだな」


 即効で武器に感情移入するヴァイスさんを見れば、ジジールさんの口元が緩むことにも納得がいく。二千年以上にわたって受け継がれた武器を他国で修理するなんて、不安でいっぱいだったと思う。


「おやおや、ドワーフ族は武器製作が得意だと聞いていましたが、予想以上に情熱的ですね。鍛冶師という職が、魔族に匹敵する力を持っているかはわかりませんが……少なくとも、彼に任せても文句は言えないでしょうな」


 初めて見る武器を見て泣いてる人が、悪いことをするとは思えない。安堵する雰囲気に包まれているけど、普通の店でこういう人を見たら、ちょっと距離を置くからね。


 予想以上にヴァイスさんが男泣きをしていることもあり、不審に思ったメルとレミィが部屋に入ってくる。そして、ユニコーンの杖に関わることだと察したレミィは、ヴァイスさんに詰め寄った。


「おじちゃん、どうしたの? もしかして、ボクの武器は直らないの?」


「バカ野郎、直らないわけねえだろうが。時間はかかるだろうが、ワシに任せておけ! 絶対に直してやる!」


「じゃあ、約束だよ! ボクはこの杖で魔の森を浄化しなくちゃいけないの!」


 戦争に使われないか心配していたヴァイスさんにとって、純粋な心を持ったレミィが使用方法を伝えると、もう涙は止まらない。魔族に対する誤解が涙と共にこぼれ落ちていく。


 しかし、違う意味でレミィは心配してしまうが。


「ミヤビ、本当に大丈夫かな。このおじちゃん、目がヨワヨワだよ?」


 実力社会の魔族にとっては、泣く行為自体が弱く感じるのかもしれない。背中をさすって慰めてあげるレミィが印象的だった。


 まるでおじいちゃんの世話をする孫みたいな雰囲気である。


 レミィの天使パワーでヴァイスさんが泣き止んだ後、男三人で外に設置した作業小屋まで行くと、ヴァイスさんは鉄床かなとこにユニコーンの杖を置いた。そして、その前にドシッと腰を下ろして、ジッとユニコーンの杖を眺める。


「ワシはしばらくこの武器と対話する。時間はかかるが、解決策は少しずつ教えてくれるはずだ。無理に付き合わなくていいぞ」


 意地でもユニコーンの杖を直してやる、そう気持ちを固めたかのようなヴァイスさんを見て、ジジールさんが腰を下ろす。


「作業していなくても、見守ることも私の役割になります。同じ生産職を歩む者として、お付き合いいたしましょう」


 二人とも年配の生産職だし、意外に気が合うのかもしれないな。


 俺は邪魔になるだけだと思い、そっと離れることにした。いつまでかかるかわからないけど、たまに様子を見に来て、食事くらいは持ってこようと思う。


 たぶん、ユニコーンの杖の修理が終わるまで、二人ともこの場所を離れないはずだから。

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