第132話:人のことを言える立場ではない

 日が傾く時間まで水遊びをした俺たちは、高原都市ノルベールを見学するため、二手に分かれることにした。


 一つは、リズ・メル・エレノアさんの見学コースになる。元々、リズの魔法学園卒業祝いにエレノアさんと遊ぶ約束をしていたわけだし、高原都市をゆっくり散策して、のんびりしてきてほしい。この街に何度も来ているメルにガイドを任せておけば、迷うこともないだろう。


 もう一つは、俺とカレンが立ち入り禁止区域を中心に歩いて、高原都市の反省会を行う。建物の建設やクラフトスキルのことくらいしか口を出せないけど、オープンして問題が表面化する前に、対策しておきたい。


 早速、カレンに絶叫スライダーのことを伝えると、わかりやすく落ち込んでしまったが。ガクッを肩を落として、大きなため息を吐いている。


「ウォータースライダーは作り直さないとダメなのですか~」


「急加速する影響で、貴族には厳しいそうだ。冒険者用だと言われたから、あれを別の場所に移して、新しく緩いものを作る必要がある」


「貴族の感性がわからないのです。あの加速こそがウォータースライダーの楽しみだというのに」


 落ち込む気持ちはわかるけど、売れない芸術家みたいな台詞は言わないでくれ。あのスピードを楽しめるのは、一部の人間だけにすぎない。おそらく、作っていくうちに楽しくなって、途中で変なスイッチが入ったんだろうな。


 速い方が絶対に面白いのですー! と、気合いを入れて作るカレンの姿が目に浮かぶよ。


「リズたちは楽しそうに遊んでいたし、最高にスリルのあるウォータースライダーだったぞ。でも、俺が怖いと思うくらいには、猛スピードで加速する。オイルが塗られているんじゃないか、って思ったくらいだからな」


「師匠にそこまで褒められると、照れるのです」


「いや、褒めてないぞ」


 えへへへっと頭に手を添えるカレンを見て、俺は思った。こいつは間違いなく俺の弟子であり、非常識を作り続けていくタイプの人間だ、と。


 そのまま二人で反省会を開きながら歩いていても、周囲に変なものを作っているクラフターはいない。自分が思い描く理想の建築物を作成し、強いこだわりを持っているような印象を受ける。街並みを見ている限りでは、納得のできる範囲で工夫をして、制作に励んでいた。


 ハート型に加工したガラス窓があったり、木をモチーフにした街灯があったり、夜でも見やすいように看板をライトアップしていたり。オシャレではあるものの、今のクラフターたちなら難しいレベルじゃないだろう。


 それを考えると、カレンは頭一つ抜けている。女子更衣室は別格のセンスをしているし、予想できない改良を重ねて、ウォータースライダーを絶叫マシンに変貌させてしまうほど、力を持っているのだから。


「最近の悩みなのですが、どうにもこだわり過ぎてしまうのです。今までできないことがクラフトできるようになって、自分の世界が広がり続けている感じでしょうか。作っている途中に、改良を重ねないといられない体になっているのですよ」


「経験者は語るが、周りの意見をちゃんと聞くことが大切だ。俺もいま、その部分で悩んでいるから、詳しいアドバイスはできないが」


「やっぱりそうなるのですね~。クラフターの運命かもしれないのです」


 それなら仕方ないかもしれないと、弟子の言葉で悟りを開きそうだよ。多分、カレンに悪影響を与えているのは、地下鉄を見せたり、教会を見せたりして、驚かせてる俺のせいだと思う! すまんっ!


 心の中で謝罪してスッキリしていると、カレンが何かを思い出したかのように、ポンッと手を叩いた。


「ところで、今日は泊まっていかれるのですか?」


「明日はエレノアさんが仕事あるし、街を見学したら帰るよ」


「それは残念なのです……。クラフターのみんなと一緒に、最高級スイートルームを作成したので、泊まっていってもらいたかったのですよ」


 カレンの暴走は、俺のせいじゃない気がしてきた。まともに見えていたクラフターたちも、カレンの悪影響を受けて、歯止めが利いていない。クラフター全員でやり過ぎてる気がするよ。


 いや、人のことを言える立場じゃないんだけど!


「オープン前に顔を出せたら、もう一度顔を出すよ。早いところ冒険者業を再開しないと、リズとメルがだらけそうな気がするんだ」


「確かに、この地で遊びすぎるのは良くないのです。すでに騎士さんたちが犠牲になり、王都で再研修する羽目になったのです」


 穏やかな話ではないな。このリゾート地は貴族が来ることになるんだし、騎士には頑張って警備してもらわないといけないんだが。


「教会の結界があるとはいえ、ここにも魔物は来るだろう? 元々危ない土地なんだから、周辺の警備は他の街より必要なはず。配属された騎士たちがバカンスと勘違いして、遊び呆けてしまったのか?」


「いえ、ここで新しく開発している商品を騎士さんたちに配ったり、料理の味見をしてもらったりしているのです。それが好評で、騎士の楽園とまで言われていますし、庶民用プールを開放した日には、大盛り上がりだったのです」


 カレンの言葉を聞いて、俺は納得した。地下鉄を開通したばかりのとき、カレンの元を訪ねると、夏を先取る新作商品を作成していたんだ。


 ちょうど俺がいま着用しているシャツもその一つ。風魔法を付与して、汗をかいても不快な思いをしない新商品。その名も『スースーシャツ』である。


「どうりで早く仕上げてきたと思ったよ。いま着てるスースーシャツ、けっこう完成度が高いからな」


「ポカポカシャツに対抗したかったのです。最初はヒンヤリシャツにしていたのですが、騎士さんが腹痛を訴える人が多くて、スースーシャツに切り替えたのです。でも、ヒンヤリタオルと併用すると、猛暑にも耐えられるのです!」


 アイデアは良かったが、腹を冷やすのはマズかったな。作っている最中は欠点に気づきにくいし、騎士も良い商品だと思って着用したんだから、仕方ないとは思う。そういった意味では、クラフターにも良い環境と言える。


 現に、『スースーシャツ』と『ヒンヤリタオル』の二段構えで猛暑を乗り切るという発想が生まれて、快適に過ごせるようになった。この功績は大きいし、クラフターとしての自信にも繋がっただろう。


「騎士たちが楽園と呼ぶ所以は、そこにありそうだな。甲冑を着て警備する以上、暑さ対策ができるのとできないのとでは、仕事に対するモチベーションが変わる。一度知ってしまったら、普通の騎士業務には戻れないよ」


「クラフトの価値が上がるのは良いことですけど、付与魔法を使える子が少ないので、まだまだ生産不足なのですよ。クレスくんにお願いしても、今年の販売は争奪戦になりそうなのです」


「アンジェルムの街は明日販売されるみたいだし、商業ギルドへ見に行ってみようかな。まだクラフターのイメージが先行しているとは思うけど、俺もけっこう売れると思うんだ」


「何度も試行錯誤して、付与する魔法の強さを調整したのです。少しくらい高くても、売れる自信があるのです!」


 ポカポカシャツを高値で売ることに反対していた頃と比べたら、カレンも変わったよな。裁縫師たちとは戦うジャンルが違うとはいえ、今ではヴァイスさんを脅かす存在と言えるかもしれない。本人はまったくそんなことを思ってないんだろうけど。


 自信満々のカレンと話し終えて、ちょうどグルッと立ち入り禁止区域を巡り終えると、真剣な表情でカレンが見つめてきた。


「実は、師匠に会っていただきたい人がいるのです。今のところ害はないのですが、教会に住み着いていて、ずっと祈りを捧げている姿が不気味で仕方ないのですよ」


「教会の管理は騎士がやってるはずだろう? なんで俺に言うんだ?」


「来てもらえばわかるのです。誰も関わろうとしないですし、師匠に会いたいと言っているのです」


 不穏な言葉を並べるカレンに疑問を抱きつつも、仕方なく、俺は教会へと向かうのだった。

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