第133話:天に祈りを捧げる者

 教会の近くにある巨大すぎる架け橋までやって来ると、日が傾いているのに、多くの人が見学する人気スポットになっていた。


 子供は元気に架け橋の上で走り回り、大人は口をポッカーンと開けて眺める人や、尻餅をついている人がいる。エレノアさんも開いた口が塞がらないみたいで、唖然とした表情で眺めているよ。


 あとで説教されないといいんだけどなーと思いつつ、カレンと二人で教会へと向かい、その中に入っていった。


 夕方ということもあり、茜色の日差しがステンドグラスから差し込み、綺麗な光を彩っている。しかし、その光景とは裏腹に、教会で祈りを捧げる人物の後ろ姿を見て、俺は絶句した。


 生産ギルドでクラフターを除名した人物、ギオルギ元会長で間違いないだろう。生産ギルドに罷免されて以降、王都から姿を消したと聞いていたけど、どうしてこんな場所に……?


 それに、どうして俺が会わなければならないんだ。直接的な関りはほとんどなく、商業ギルドで少し言葉を交わした程度になる。俺の顔と名前が一致することはないはずなんだが。


 心の整理がつかないけど、カレンが背中を押してくるため、少しずつ近づいていく。すると、こっちに気づいたギオルギ元会長が振り返り、自然と目が合った。以前のようにギラギラした印象はなく、穏やかな目をしていて、覇気もない。


「やはり貴様が建設者だったか。このような教会を一人で作る人物など、そういるはずがない」


 チラッとカレンを確認すると、首を横に振っていた。生産ギルドとクラフターが揉めていたことはカレンもよく理解しているし、敵とも言える存在に情報を与えるとは思えない。


「この教会を俺が作ったとは限りませんよ」


「くだらないやり取りをするつもりはない。貴様が着用している装備と、教会の製作者が一致する。制作物や素材を鑑定できる人間に、嘘は通らないのだよ。今後は大きな建物を建設する場合、僅かでも身内に手伝わせるといい」


「ん? どういう意味ですか?」


「大きな声で言うつもりはないが、それで鑑定スキル対策になる。製作者が複数人いる場合、鑑定スキルで見抜けない仕様になっているのだよ。今からでも遅くはない。僅かでもこの教会を増築して、改良することを勧めよう」


 敵であるはずのギオルギ元会長の言葉を聞いて、俺は混乱した。誰がどう聞いても、アドバイスをされているようにしか思えない。


 生産ギルドからクラフターを追放し、敵対していた半年前とは、まるで別人みたいな印象を受ける。これも教会に付与魔術を施した、結界の影響なのだろうか。


 信じられない出来事が起こり、目が点になったカレンと顔を合わせていると、ギオルギ元会長が大きなため息を吐いた。


「やはりクラフターというのは、頭が不良品なのかね。鑑定スキルを持つ人間は稀有な存在だが、それゆえに各国の密偵や暗殺者などと繋がりやすいことくらい、容易に想像がつくだろう」


 皮肉を言われても嬉しくはないけど、俺の知ってるギオルギ元会長だ。野望が潰えて、思うところがあったのかもしれない。


 それでも、この人は要注意人物であることに変わりはないが。


「ギオルギ元会長も、不審な金の流れが多かったみたいですね。メルが調査した限りでは、かなりグレーラインだったみたいで」


 半年前、生産ギルドと対立する形になったフォルティア王国は、クラフターたちに街道整備事業を任せる反面、ギオルギ元会長を罷免させようと動いていたと、クレス王子に教えてもらったことがある。俺たちと別行動を取っていたメルが、調査を頑張っていたんだそうだ。


 難しいことは考えず、事実だけを伝えてくれるメルは、こういった調査に定評があるらしい。猫獣人の特性を活かして、音で察知できるだけでなく、夜目も効く。敵にバレないように追跡もできるとあって、入念に依頼をこなしたらしいのだが……、結果はイマイチ。肝心の証拠となりうるものは、見つからなかったと言っていた。


 まあ、俺たちが架け橋を作り上げたことで、調査結果に関係なく、罷免することには成功したんだが。


 そうなると、ギオルギ元会長は、俺に何の用があったんだろうか。わざわざ助言するために残ってくれていたと考えるには、怪しすぎる。


 周りは自分が追いやろうとしたクラフターばかりで、居心地は最悪。ましてや、生産ギルドを罷免させたクレス王子と俺は、深い関りがあるとわかっているはず。復讐として陥れるつもりなら納得できても、助言をする意味がわからない。


 俺が皮肉で返答した言葉を、フンッと鼻で笑ったギオルギ元会長は、今までとは一転して、真剣な表情になった。


「隣国、ティマエル帝国には気を付けろ」


 どこですか? とは、さすがに聞きにくいほどの重い空気だ。実際に聞いたら、とんでもない皮肉が返ってくることもわかる。


 でも、さっきの教会の助言と話を合わせて考えると、言いたいことが少しだけ見えてくる気が……。


「これだけ大きな都市を作るクラフト部隊を率いる人物は、命を狙われる可能性が高い、っていうことですか? 表向きはクレス王子でも、教会に足が回れば、俺が狙われる、と」


「ほお、少しは頭が使えるクラフターなのかね。不良品の頭から、故障している正規品に認識を変えよう」


 すごい嫌味言うじゃん。意外だな……みたいな顔をされても、その言葉は嬉しくないからね。


「だが、その程度の頭なら、まだ気づいてはおるまい。ノルベール山に起きた雪崩で街道が塞がれたとしても、崩壊するなどあり得ないことに、な」


 絶対に仲間にはならないタイプだけど、どうやら助言はしてくれるみたいだ。ギオルギ元会長が適当に考えた……にしては、俺も心当たりがあるから。


 雪崩を利用してクラフターを追放しようとした生産ギルドは、予め街道が崩れることを知っていたような感じだったんだよ。除名までの対応が迅速だったし、計画性があったのは明らかだ。


 もっといえば、雪崩が起こる前に、ギオルギ元会長はヴァイスさんの元へ訪ねている。


 同じ過ちを防ぐためか、ヴァイスさんに再び邪魔されないように、事前に圧をかけていたと思うんだよな。


「この辺りは凶悪な魔物も生息するため、何度も騎士団を派遣して補強を重ねてきた場所になる。雪崩程度で崩壊するなどあり得ない。隣国の工作兵がやったと考えるべきであろう」


 山の整地中に、騎士団が奮闘するほどの魔物が多く来たから、人為的な可能性は低いと思っていたんだが……そう言う考えもできるか。


 国力を低下させるために雪崩に見立てて破壊した、ギオルギ元会長はそう言いたいんだろう。


「確証がない話は信じられません。ギオルギ元会長が裏で繋がっていた、というなら話はわかりますけど、それはただの推測ですよね」


「警告をしてやっただけだ。どこかの腑抜け王子に死なれては、後味が悪い。それに、あの街道が雪崩ごときで壊れたと思われる方が腹立たしい。誰が初期整備を担当したと思っているのかね」


 そう言ったギオルギ元会長は、俺たちの横を通り過ぎて、教会を出ていった。


 まさかとは思うが、本当に俺に警告するためだけに、ここで待ってくれていたんだろうか。何を考えているのか、サッパリ理解できない。


 仮にギオルギ元会長の話が全て事実なら、少なくとも、この地が壊されたことに憤りを感じているみたいだ。雪崩という隣国の工作を利用はしたけど、同じ生産職の人間として、壊されるのは納得いかなかったのかもしれない。


 結局、自分の野望のために利用して、後悔しているんだと思う。自分の手で作った街道なら、なおさらのこと。


 でも、ギオルギ元会長の話には、隣国のティマエル帝国がやったという証拠はない。以前とは印象が違うけど、俺やクレス王子に恨みを晴らそうとしているだけかもしれないし……一応、頭に入れておく程度に留めよう。


「カレン、今の話は内緒にしておいてくれ。たぶん、何割かは本当のことだと思うけど、確証がない」


「わかったのです。一応、明日にでも教会を少し増築しておくのです」


「そうだな。奥の部屋に大きな物置があるから、そこを適当に触ってくれると助かるよ」


 少しばかりモヤモヤした気持ちを抱きながらも、俺とカレンは教会を後にした。もう少し早くギオルギ元会長と関わっていれば、違った結果になったのかな、と思いながら。

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