第130話:女の子はね、ストレートに褒められた方が喜ぶの

 プールから出た後、俺はリズと二人でプールサイドに座って、絶叫スライダーを上っていくメルとエレノアさんを眺めていた。


 足を踏み外してウォータースライダーを滑り落ち、放心状態に陥るとは情けない。動揺するあまり、心臓が恐ろしいスピードで動いていたし、リズの手をしっかりと握っていたのは、いま考えると恥ずかしくて仕方がないよ。


 今回ばかりはお父さんらしい部分が皆無で、娘みたいなリズがお姉さんに感じるほど、助けてもらったと思う。少なくとも、手を握って人肌を感じたから、少しずつ落ち着いていった気がする。


「もう俺は落ち着いたし、リズも滑ってきていいぞ。心の準備さえすれば、けっこう楽しいから」


「私はいいよ。さすがにあの速さは怖いし、ミヤビのあんな顔を見たのは初めてだもん。滑ろうと思わないよね」


「遠慮するなよ。本当は滑りたいだろう?」


「興味がないと言ったら、嘘になるけど。せっかく遊びに来たのに、さっきからミヤビは一人だし、休憩くらいは付き合うよ」


「そういうとこ、リズは優しいよな」


「やめてよ、気になるだけなんだから」


 濡れた髪をクルクルするリズは、妙に色っぽい。水着の影響もあるのか、伸びた髪が印象を変えているのかわからない。ただ、濡れてまとまった髪は艶があり、大人の女性に見えてしまう。


 すぐに顔を赤くする辺りは、まだ垢抜けない可愛さが残るけど。


 そんななか、絶叫ウォータースライダーを滑るエレノアさんの悲鳴が響きわたり、そのままの勢いでプールに突っ込むと、かなり遠い距離まで水飛沫が飛んできた。一緒にメルも滑っていたみたいで、互いに笑みを浮かべて遊んでいる。


 プールサイドでドリンクを飲めるようにするには、軽いテントを建てた方が良さそうだ。もしくは、このプールの周りでは休憩できないようにしよう。


 レイアウトの変更も視野に入れて考え始めていると、それをリズは察したのか、少しばかりジト目でこっちを見ていた。


「ミヤビは本当にクラフトが好きだよね。結局、ノルベール高原の建設も手伝ってるんだもん」


「基本的にはクラフターのみんなに任せてるよ。ここのプールだって、元は街道整備依頼の途中に作った湖を改造してるんだ」


「あぁー、山の整地が終わった後に作ったやつね。インベントリが大きくなったクラフターが大量の水を運んで、騎士たちを唖然とさせてたっけ。懐かしいなー」


 本当に些細なことのように思えるけど、クラフターたちにとっては、あの湖は思い出深かったらしい。山の整地でインベントリが大きく拡張して、初めて成長した自分たちの力で成し遂げた、原点とも言える存在になっていたんだ。


 この湖を進化させて、高原都市ノルベールの象徴にしよう、と思うほどに。結局、貴族用と庶民用でプールを分けることになったし、高原都市の象徴は架け橋ってことで落ち着いたんだけどな。


「魔物がいない場所で安全に水遊びができて、天候にも左右されない遊び場を考えたら、プールになったんだとさ。俺が久しぶりに来たときには、かなり形になっていたよ」


「冬場は水温を上げたら、贅沢な遊び場にもなるもんね。サウナみたいに蒸気を発生させても面白いかも」


 リズの言う通り、冬場は運営の仕方を変えた方がいいだろう。内装に手を加えて銭湯っぽくしてもいいし、温熱ブロックを増やして温かく遊べる温水プールにしてもいい。


 その辺りは、異世界人の反応を見つつ、需要に合わせて変化させていく方がいいかな。


「まずはこの夏にオープンして、どれくらいの評価を得られるかだ。魔法学園も近いし、夏休みの帰省と共に立ち寄ってくれるとありがたいよ」


「泊まっていく子は多いんじゃない? 私が在籍していた頃でも、クレスくんの架け橋を調査して帰省するように言われてる子が多かったもん。魔法学園に通ってる子は遊び盛りな子ばかりだし、一日くらいは平気で遊んでいくと思うよ」


「情報が駄々洩れだな。普通は内緒で調査するもんだろう」


「さすがに重要な話はしないかな。買い物帰りに立ち寄ってほしいみたいな、軽い意味合いがあるだけだもん。商業ギルドが大袈裟に宣伝してるみたいだし、信用できる人物から情報を得るために、立ち寄らせたいんだって」


 確かに、商業ギルドの本部が宣伝している以上、各国で話題になっているのは明らかだ。隠れてコソコソ調査している方が怪しく見えると思うし、スパイを送り込んだら、商業ギルドと敵対する可能性がある。魔法学園に在籍する貴族を送り込むのは、理にかなっているのかもしれない。


「魔法学園に通う貴族の友達に教えてもらったのか?」


「ううん、シフォンちゃんの情報だよ。魔法学園はほとんどが貴族だから、贔屓ひいきにしてる貴族がいるとわかると、冒険者の私に関わろうとしなくなるの。変な貴族の争いに巻き込まれるよりはよかったし、仲良くなったのはこの国の貴族の子たちくらいかなー」


「推薦で入ってるし、半年間だけだもんな。それで仲良くなって情報が抜かれたら、元も子もないか」


「そういうこと」


 華やかな学園生活には遠かったんだなーと思っていると、ウォータースライダーで悲鳴を上げる元気もなくなったエレノアさんの姿が見えた。まだまだ元気なメルに手を引っ張られるものの、何かを伝えると、解放されてエレノアさんだけがこっちに向かってくる。


 その光景にピーンッ! と反応したリズは、明らかにニヤニヤして俺の顔を見ていた。


「ミヤビ、頑張ってね」


「お、おう」


「そこはバシッと決めなきゃダメだよ。女の子はね、ストレートに褒められた方が喜ぶの。エレノアさんが来たときに迎える第一声は、水着が似合ってますね、これだから。わかった?」


 立ち上がったリズがエレノアさんの元へ走っていくと、少し会話した後、メルと合流。嬉々とした表情でウォータースライダーを上る姿を眺めている間に、エレノアさんが隣に腰を下ろした。


「水着が似合ってますね」


「相変わらずミヤビくんは、お世辞が得意なようですね。せめて、もう少し照れて言ってほしいものです」


 女心とは、本当に難しいものである。

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