第128話:水遊び、それは戦いである
リズとお揃いの水着に着替えたメルは、ダダダッとプールサイドを駆け抜け、勢いよくプールに飛ぶこむ。バッシャーンと水飛沫が跳ねた後、水面から顔を出すと、満足そうな表情をしていた。
「……暑い日はプールに限る」
メルは器用に顔だけ出しながら、バシャバシャッとバタ足で泳ぎ始める。ピーンッと上に伸びる尻尾が特徴的で、バタ足に連動して僅かに横に揺れていた。
猫は水を嫌うと聞くけど、猫獣人には関係ないらしい。毎日風呂も入るし、水遊びが大好きだ。
そして、子供も水遊びが大好きであり、風呂好きのリズも負けじとプールにダッシュする。
バッシャーンと飛び込む姿を見て、拠点の風呂場でも、こうやって遊んでいないか心配してしまうよ。
「安全に水遊びができる施設なんて、カレンちゃんもよく考えたよね。男の子は暑いと川に飛び込むけど、女の子は風呂場しか遊べないもん」
奇跡的に風呂場で遊んでいる言質が取れてしまった。泳ぐのは仕方がないにしても、飛び込みだけはしないようにお願いしたい。怪我をされたら、シャレにならん。
まあ、リズのテンションが上がるのも、仕方ないことではある。この世界では、プールという概念が存在せず、水遊びができる人は限られてしまうから。
水辺で遊ぶには魔物を警戒しなければならないし、金のある貴族も、わざわざ屋外にプールを作って、防御力のない水着になって遊ぶほどバカではない。絶好の暗殺チャンスを与えてまで、水遊びをする方がおかしいと思うよ。
それゆえに、貴族に人気のスポットになることは間違いない。開放的で背徳感のある行動ほど、楽しさが倍増するのだから。
当然、このプール内の警備に至っては、女性騎士と戦闘メイドを雇用して、万全の警戒をする予定だ。以前、アリーシャさんが戦闘メイドは嫌われやすいと言っていたけど、この場所に限っては、トラブルを減らしてくれる貴重な存在になる。入り口で身分チェックも行うから、下手なマネはできないと思うけど。
リズとメルが自由に泳ぎ回るなか、大人っぽいハイウエストデザインの黒い水着を着たエレノアさんがやってくる。
「これほど大きな水溜まりを見たのは、冒険者時代で湖を見たとき以来でしょうか。ちょっとだけ、昔に戻った気がしますね」
周囲を確認したエレノアさんは、控え目にバシャンとプールの中へ入った。優雅に泳ぎ始めたけど、本当はリズたちみたいに飛び込みたかったのかもしれない。ちょっと子供っぽいと感じて、理性で抑えた印象がある。
みんながプールに来る間に、俺も水着に着替えておいたし、このまま一緒に遊ぶぞ……と言いたいところだが、今回は遠慮するとしよう。ここを使わせてもらっている以上、クラフターたちが作った施設をチェックしなければならない。
遊ばせてもらってる代わりに、な。
大きなプールを三人で楽しそうに遊ぶ姿を見ながら、プールサイドのチェックを行う。楽しそうでよかったなーと思っていると、こっちにリズが泳いできた。
「ミヤビは一緒に遊ばないの?」
「試験運用も兼ねてる以上、俺まで遊んでいたら、カレンに合わす顔がないよ。リズも危なそうな箇所を見つけたら、教えてくれ」
「それくらいは別にいいけど、せっかく遠出してきたんだし、少しくらいは遊べばいいのに。泳げないなら、私が教えてあげよっか?」
プールのない世界で三人とも泳げることに不思議だが、風呂場のある宿で泳ぎの練習をしていた成果だろう。大人の女性であるエレノアさんも、若い頃に冒険者をしていたと言っていたし、そういう時代があったに違いない。
「ありがたい申し出だが、遠慮しておくよ。それに……」
言葉を詰まらせた俺は、リズの背後に潜む脅威を察知して、ササッと横にずれた。その姿にキョトンッとした顔を浮かべるリズが首を傾げていると、水中から顔を出した一人の人物に奇襲される。
バッシャ~~~ン! と、メルの水かけ攻撃がさく裂して、リズの顔面にクリティカルヒット。冒険者は、手加減という言葉を知らないんだ。子供のメルなら、なおさらのこと。
以前、俺はメルの水遊びに付き合って、鼻に大量の水が入った。強烈な水かけ攻撃で顔面がヒリヒリするくらい痛くなったし、体力がなくなっても、水遊びは終わらない。だから、もう水遊びはしないと決めている。
当の本人は、遊び相手が二人もいて嬉しそうだが。
「……いかなるときも、冒険者が油断するのは良くない」
誇らしげなメルがニヤリッと笑うと、ダメージを負ったリズは、対抗するように不敵な笑みを浮かべていた。
「やったなー。武器を持っていないメルが、私に水遊びで勝てると思ってるの?」
冒険者は、本当に手加減という言葉を知らない生き物なんだ。雪合戦で魔法を使って豪速球で投げてくるリズは、水遊びでも魔法を使うに決まってる! 武器を持っていない相手だろうが、容赦はない!
「……笑止!」
二人が水をかける体勢に入り、戦いの火ぶたが切って落とされようとした瞬間、第三勢力が現れる。バッシャ~~~ンッ!! と、二人の顔面に向けて水をかける、エレノアさんである。
現役を離れたとはいえ、さすが元冒険者だ。メルよりも強烈な水かけ攻撃は、すでに魔法を行使していると考えるべきだろう。
「同感ですね。冒険者は油断大敵ですよ」
こうなってしまったら、俺は全力で避難する。プールサイドにいても巻き込まれる気がするから、別のプールのチェックを先に行おうと思う。
「えへへへ。エレノアさんったら、水場で現役冒険者に挑んだらダメですよー。半年間休止してても、私はBランクですからね」
「ふふふ。久しぶりに魔法を使う機会があると、張り切ってしまいますね。気持ちだけが現役に戻って、戦いに飢えたみたいです」
「……笑止!」
バッシャ~~~ン! バッシャ~~~ン! と激しく水が飛び交い、ワーワーと言い合いを始める三人は、プールで見たこともない異次元の水バトルを発生させている。
リゾート施設がオープンする前に連れてきて、本当に良かったよ。あの戦いに貴族令嬢が巻き込まれたら、大問題に発展しかねない。
……待てよ? 魔法学園の生徒は、それなりに強いはずだよな。まさか、リゾート施設がオープンしたら、これが日常的に……なるわけないよな。なるわけが……ない、よな……。
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