第127話:ミヤビに聞きたいこと

 カレンの背中を見送り、呆気に取られていたリズたちの元へ戻ると、弟子の自慢をしたくなった俺は、ちょっと得意げな顔を作った。


「数人で遊ぶには広い場所だけど、暑い時期には最高の遊び場だろう? カレンを中心にして、クラフターたちが協力して作ったんだぜ。半年かけただけあって、良い出来栄えだよなー」


 自然と笑みがこぼれてしまう俺とは対照的に、リズとエレノアさんの表情は険しい。カレンとのやり取りを見て、二人とも思うところがあるんだろう。


「ミヤビがほとんど関与していない、そのことに私たちは驚いてるよ」


「本当にミヤビくん二号になってしまったんですね。さすが商業ギルドの本部が動いただけのことはあります」


 エレノアさんの言う通り、この施設は商業ギルドの本部のお墨付きになる。建設しているのはクラフト部隊だけど、運営は商業ギルドが行い、警備は国の騎士団を派遣することで決まった。


 建設費用はすべて商業ギルド持ちで、多額の金が動いているとか動いていないとか……。


 まあ、貴族はクラフターに良い印象を抱いていないと思うし、クラフターが貴族相手にまともな対応ができるとは思えない。商業ギルドが運営してくれた方が助かるかな。


「ちなみに、ここは貴族用のプールで、庶民用のプールはまた別にあります。オープンしても紹介で入れると思いますけど、自由に使える日は少ないでしょうから、今日は思いっきり楽しんでください。更衣室には、メルが案内してくれますので」


 リズとエレノアさんの視線がメルに向けられると、明らかにウズウズしていた。早く遊びたくて仕方がない、そう思うメルは、キラーンッと目を光らせ、ビシッと更衣室の方を指で差し示す。


 なぜなら、俺と一緒に行動していたメルは、今日で三度目のプールになるから。


「……こっち」


 二人の手を取ったメルは、仲良く手を繋いで女子更衣室へと向かっていった。


 唐突にリゾート施設に連れてこられて現実を受け入れられないと、リズとエレノアさんの背中が物語っている。でも、あのまま更衣室に入っても大丈夫かな。貴族用ともあって、カレンが丹精込めて作成した豪華な部屋になっているんだ。


 床は水が捌けるような構造になっていて、壁はピンクの花柄模様。貸し出し用の水着も様々な種類をクラフターの女性陣と共同制作して、全身が映る大きな鏡で見た目をチェックできる。談笑用のソファースペースまで用意されているし、女性の更衣室だけはVIP待遇になってるんだよなー。


 思わず、着替える前に更衣室からリズが飛び出してくるほどに。


「どうしたの、あれ。本拠点よりも豪華なんだけど」


「完全に女性向けにしてあるから、好みの問題も大きいと思うぞ。細かいレイアウトからデザインまで、カレンがメインで考えたんだ」


「上から温かい雨が降ってくるところも?」


「それは、シャワーゾーンだな。カレンに助言を求められて、俺も力を貸して共同作製したんだ。拠点にも用意しようかと思ったんだけど、俺もリズも長風呂するし、サウナの方がいいかなーと思って」


 従来の水源ブロックでは実用化できなかった装置、シャワー。これを実現させたのは、地下鉄のミスリルレールの技術である。温熱ブロックにミスリルを混ぜ込み、それに水魔法を付与したことで、シャワーブロックが完成したんだ。心地いい水圧と最適な温度が魅力的で、女子更衣室にしか設置されていない。


「確かに、本拠点の風呂場は十分に贅沢だし、必要はないかも」


 公爵家の風呂場や王族の風呂場と比較しても、うちの拠点の風呂場が圧倒的に勝ってるからな。露天風呂っぽい大自然を堪能できる空間に、近代的なシャワーは合わないよ。


「それでさ……、ミヤビに一つだけ聞きたいことがあるの」


 唐突に目を逸らしたリズは、急に恥ずかしそうな顔をして、頬を赤く染め始めた。モゴモゴと動かす口は、言いにくいことがありそうな印象を受ける。


「ねえ、どっちの色がいいと思う?」


 密かに隠し持っていたものをバッと見せられ、俺は混乱した。可愛らしいフリルスカートのついた、ピンクと黄色の女性用水着を差し出されたんだ。


 仮にもお父さんだと思っている人間にする質問ではないだろう。服ならまだしも、水着は……恋人に聞くもんだと思うぞ。


「な、何で俺に聞くんだよ」


「エレノアさんに聞いたら、ミヤビに聞いてこいって言うんだもん。普段は装備を着用してるから、こういうときに困るんだよね。何色にしたらいいのかなーって」


「聞かれた俺はもっと困るよ。まあ、リズならどっちでも似合うと思うぞ」


「曖昧な答えは受け付けてませーん。どっちが似合うか選んでください」


 急に無理難題を押し付けてきて、ムスッとされても困る。時折リズが見せてくる恋人ムーブをかまされても、どっちを選べば正解なのかわからない。


 でも、リズは花が好きだし、いつも頭に黄色の花飾りを付けてるんだよなー……。


「いつも付けてる黄色の髪飾りが似合ってるし、黄色の方が合いそうな気がします」


「そっか。じゃあ、黄色にしようかな。黄色、好きだし」


 恥ずかしそうな表情をしたまま、更衣室へ向かうリズの背中を見て、俺は思った。


 めっちゃスキップして喜んでんじゃん、と。

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