第126話:出世したカレン

 地下鉄で王都に到着すると、乗り換えを行うため、ノルベール高原方面行きのレールに仮拠点を乗せる。魔力でレールと仮拠点を結び付けて、メルの指示で出発すると、僅か二十分ほどで到着した。


 今まで足で一歩ずつ歩いていたけど、やっぱり乗り物は便利だな。掘ってトンネルを安定化させるためには労力を使うし、行動範囲以外は作れない。クラフターたちに手伝ってもらうとしても、これを広めるのは危険を伴うから、身内だけの情報に留めた方がいいだろう。


 例のごとく、明るくて狭い階段を上っていくと、一つの部屋に到着する。作業台やかまどが設置されているこの場所は、俺の弟子であるカレンの作業部屋だ。誰に似てしまったのか、色々と素材や物が散らかっていて、客人と来るような場所ではない。


「なんかこの部屋、ミヤビの作業部屋に似てるね」


 言わないでくれ、リズ! クラフターという生き物は実験が大好きで、色々と作ってみたくなるものなんだよ!


「ここはカレンの作業部屋なんだ。今は完成間近の細かい調整に必死で、忙しくて片づけられないんだろう」


「そういえば、高原都市の建設はクラフト部隊が続けてるんだよね。魔法学園でも度々噂になってたけど、結局、ミヤビも手伝ってたんだ」


 半年前、国王様に高原都市の建設を依頼されたけど、俺は丁重にお断りしている。クラフターたちの成長を阻害する気がしたし、個人的に建設したいものがいっぱいあったから。でも、何もしていないわけではない。


 クラフト部隊をまとめるクレス王子から何度も手紙で相談されたし、カレンからも手紙がやって来て、意見を求められた。この世界の人にとって、手紙は身近なものなんだなーと実感するくらいには、色々な人とやり取りしていたよ。


「地下鉄を開通したついでに少し手伝った程度で、ほとんどクラフト部隊が作ったリゾート地だ。今日はそのリゾート地のシミュレーションも兼ねて、遊びに来たって形かな」


 そう言った俺が作業部屋の扉を開けると、目の前に映し出される光景は、別の世界へと繋がっているようだった。


 広々としたドーム状の天井に、涼しげで大きなプールが三つ。プールサイドに一歩でも足を踏み入れれば、きめの細かい砂に足が少しだけ包み込まれる。まるで、高原地帯が海に変わったかのような印象を受ける、この時期にピッタリの南国リゾート気分が味わえるんだ。


 呆気に取られてポカーンとするリズたちを置いて、俺はプールの端で水温を確認する一人の女の子に近づいていく。


 まだボーイッシュな雰囲気が漂うけど、女の子らしいワンピースタイプの水着に身を包み、薄い上着を一枚羽織る俺の弟子、カレンになる。外気温と水温をチェックして、どれくらいがベストなのか、毎日頭を悩ませているらしい。


「水源ブロックから流れてくる水は、意外に冷たいよな。今日は入れるくらいに落ち着いているか?」


「なかなか適温というのが難しいのです。温熱ブロックで補強しすぎて、今日は温いような……きょえええっ!? 師匠ー!!」


 ドッキーンッ! と、心臓が飛び出そうなくらいの勢いで驚くカレンは、少し会わないだけで緊張する癖がある。


 半年前、架け橋と一緒に作った教会に聖属性の付与魔術を施して、結界が張られているから、心が落ち着きやすいはずなんだけどな。本格的に建築作業をやり始めたら、俺をヴァイスさんと同じ偉人扱いするようになって、日に日に緊張するようになっているんだ。


 尊敬してくれるのは嬉しくても、俺はもっと普通に接してもらいたいよ。


「二週間前に様子を見に来て、ここで会ったばかりだろう。予め来ると言っておいたんだし、そこまで驚かなくてもいいと思うんだ」


「急に現れたら、普通にビックリするのです! 私の家に地下鉄を繋げてほしいと言ったのに、また作業部屋から来てるではないですか!」


 高原都市ノルベールには、優秀なクラフターが多数存在するため、いつ地下に穴を掘り始めるかわからない。可能な限り安全な場所が良くて、カレンの作業部屋に繋げることにしたんだが、本人には嫌がられてしまっている。


 作業中に来られると、魔力が乱れてしまうから、と。


「でも、女の子の家に無断で侵入するのは、さすがに悪い。それはただの犯罪だからな」


「直接プールに来られる方が心臓に悪いのです! 今後は私の家から出てくるように、大丈夫なところに繋げておくのです」


 プンプンと怒るカレンをなだめつつ、俺はプールの水温を確認する。


「少し温い感じはするけど、長時間遊ぶなら、このくらいでいいと思うぞ。リズみたいな冷え性のお客さんも来ると思うし、温すぎて気持ち悪くなりそうな水温でもない」


「わかったのです。じゃあ、他のプールも調整してくるのですよ。先に更衣室で着替えておいてほしいのです」


「試験運用も兼ねてるし、急がなくてもいいからな。遊んでもらってる途中に何か見つかったら、俺も少しずつ修正していくよ」


「助かるのです。宿の方にも顔を出したいので、水温だけ整えたら、あとは師匠に任せるのです」


 タッタッタッと走っていくカレンは、呑気に俺たちに構っていられるほど、暇ではない。ヴァイスさんの元で仕事をしていたことが評価されて、この地の責任者になっているんだ。


 当然、クレス王子も共同責任者ではあるんだが、彼はカレン以上に忙しい。国と商業ギルドに板挟み状態のなか、魔法学園にも通い、ノルベール高原にも顔を出している。


 そういった事情を知ってしまうと、遊び半分ではあるものの、施設の最終チェックぐらいは手伝おうと思う。たまにはカレンに、師匠らしいところを見せたいから。

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