第86話:不穏な貴族依頼

 冒険者ギルドの応接室に案内された俺とリズは、待っててくれた貴族を見て、ホッと胸を撫で下ろした。


「お久しぶりですね、リズ様、ミヤビ様」


 椅子に腰を掛けるのは、領主の娘であるシフォンさんで、その後ろに佇むのは、メイドのアリーシャさんだ。王都まで護衛したばかりのように感じるけど、もう一ヶ月近く前の話になる。冒険者ギルド内で呼び出されたということは、シフォンさんが依頼人に違いない。


 貴族が大きな依頼を持ってきたと聞かされていたから、厄介な話でも舞い込んだのかと思ったよ。公爵家が貴族の中でも上位に分類されるとはいえ、俺たちにとっては、仲の良い知り合いみたいな感覚になってるんだよな。


 貴族に耐性がないリズのヘレヘレと床に座り込む姿を見れば、同じような気持ちだったんだと伝わってくる。


「シフォンちゃんでよかったー。初対面の貴族を待たせてるのかと思って、生きた心地がしなかったもん」


「リズ、気持ちはわかるけど、仮にもシフォンさんは次期領主様なんだから、ちゃんと立って挨拶しなさい。親しくなっても、最低限のマナーは守らないとダメだぞ」


「ミヤビが言いたいことはわかるよ。わかるんだけど……今まで冒険者活動してて、こういうことがなかったから、ちょっと腰が抜けちゃった。お願い、起こして」


 何やってんだ、恥ずかしい。Bランク冒険者になろうとしてる人間が腰を抜かすんじゃないよ、まったく。ほら、椅子に手を置いて、一気にグッと体を起こすぞ。ヨイショっと!


 ふぅ~、俺はいったい何のサポートをさせられてるんだよ。介護じゃないんだから。


「本当にうちのリズがすいません」


「いえ、以前のように接していただけて、嬉しいですよ。王都までの道のりを同じ家で寝泊まりした仲ですからね」


 本当にシフォンさんは気にしていないみたいで、リズに向かって小さく手を振っていた。


「えへへへ、懐かしいね。マルファーの比重測定を応用した、複合魔法に必要な分子量の計算はちゃんとできた?」


「ちょうど一緒に勉強したところがテストに出まして、魔法力学の試験だけは学年でも上位に入れましたよ。リズ様のおかげですね」


「私は基礎的な問題の解き方しか教えてないし、シフォンちゃんが頑張ったからだよー」


 俺が思っている以上に二人は意気投合しているのか、再会してすぐに勉強の話で盛り上がり始める。キャピキャピと話す姿とは対照的に、高度な魔法学の話をしているんだろう。何のことかサッパリわからず、会話に割り込むことすらできない。


 ひとまず俺も椅子に腰を下ろすと、冒険者ギルドの設備を使用して、アリーシャさんが茶をいれて、差し出してくれた。


「アリーシャさんも元気そうですね」


「おかげさまで、快適な日々を過ごしております。街に帰省する前にお嬢様が貴族のパーティに参加しましたが、改めてポカポカグッズに感動しておりましたよ」


「俺がいないところでも使ってもらってる話を聞くと、クラフターとして、素直に嬉しく思います。金はトレンツさんに請求しましたし、また何かあれば教えてください」


「こちらこそよろしくお願いします。今となっては、なくてはならない必需品の一つですから。寒い雪の日も温かく過ごせて、本当に助かりました」


「王都でも雪が降ったんですね。この辺りでも積もりましたし、ようやく近辺の街道でも雪が溶けて、日陰でも見なくなったばかりです」


「アンジェルムの街と王都は、あまり気候に変化がありません。ただ、今回は王都周辺に集中して雪が降りまして……」


 何か言いにくそうにしたアリーシャさんが、シフォンさんをチラッと確認すると、部屋の空気が張り詰める。


 俺とリズが勝手に安堵しただけであって、本来はシフォンさんから依頼を受けるために、わざわざこの部屋に案内されたんだ。リズがBランクに昇格するほどの大きな依頼だし、王都で何か問題が発生したのかもしれない。


「話の続きは、わたくしからしますね。十日ほど前に降り積もった雪の影響により、王都の西にあるノルベール山で大規模な雪崩が発生しました。その影響でノルベール山が封鎖状態に陥り、山の向こう側にある街と連絡が取れなくなっています」


 どれほど大きな影響が出ているのか、神妙な面持ちのシフォンさんを見れば、一目瞭然だろう。自然災害に備えていたとしても、文明が発展していないこの世界であれば、想定外の被害が出てもおかしくない。


「元々かなり険しい山道で、何度も補修を重ねていたのですが、今回の雪崩でトドメを刺されました。このような場合、通常は騎士団が瓦礫や土砂を魔法で吹き飛ばしたり、丁寧に運んだりして、クラフターや鍛冶師が作業できる状態を作ります。しかし、その作業が困難なほどに山道が崩壊しています」


 雪崩の影響が大きすぎて手が付けられないみたいだ。従来の方法で復旧作業に取り掛かれば、多くの犠牲者が出かねない深刻な状況なんだろう。


「土砂を取り除くためには道の補修が必要で、道を補修するためには土砂を片付けなければならない、という感じですか?」


「おっしゃる通りです。このままノルベール山の封鎖を余儀なくされてしまうと、物資の流入や冒険者の依頼が滞り、国家の衰退に繋がりかねません。そこで、リズ様に聞いた話を思い出し、指名依頼を発注することになりました。ミヤビ様はクラフターでありながら、開拓者だそうで」


 開拓者、という言葉を聞いて思い出すのは、まだ二人でパーティを組み始めたときのこと。木材の大量採取を手伝ってもらった際、呆れたリズに言われたことがある。


『これからはクラフターって名乗らずに、開拓者と名乗ることをオススメするよ』、と。


 護衛依頼中に仲良くなろうとして、昔のことを色々と話していたんだろう。俺を売り込んでくれたというより、どれくらい非常識な人間か教えていただけのように思えるけど。チラッとリズを確認すると目を逸らすため、間違いないと思う。


 結果的に依頼に繋がったのなら、別にいいんだけど……この依頼には違和感を覚えるんだよな。不自然、と言った方が正しいかもしれない。


 王都周辺に起こった出来事に対して、シフォンさんが依頼を出すのはおかしいと思うんだ。騎士団を出すほどの復旧工事なら、依頼主は国になるはずだし、現領主であるトレンツさんを経由するべきだろう。


 そもそも、俺に指名依頼を出す事を国が許可するとは思えない。国家の衰退に関わるほどの事案が、シフォンさんの一存で決められているような雰囲気がある。


「失礼ですけど、依頼の規模が予想よりも大きくて困惑しています。ほとんど貴族依頼を受けたことがない俺たちに、こんな大きな依頼が来るとは思えません。この依頼は、シフォンさんが出されたものですか?」


「いえ、正式な依頼人はいま、ヴァイス様に連絡をしていただいております。元々はヴァイス様の協力を得る予定でしたし、彼はヴァイス様の元で修行した経験があり――」


 シフォンさんの言葉を遮るように、コンコンッと部屋の扉がノックされた。


「ちょうど戻ってきたみたいですね。ほとんどわたくしが手配しましたので、ミヤビ様が不審に思う気持ちは察しますが、冒険者ギルドを通じた正式な依頼になりますよ」


 立ち上がったシフォンさんがドアを開けると、一人の貴族男性を先頭にして、騎士っぽい格好した人が五人も入ってきた。


 先頭を歩くのは、穏やかな印象を受ける顔立ちに、華やかな刺繍が施された服を着る金髪の青年。隣に立ったシフォンさんと身長は変わらず、同年代に見えるけど、明らかに服装が高貴な身分であることを表していた。


「この方が今回の依頼人、この国の第三王子、クレス=フォルティアになります。わたくしの婚約者でもありますね」


 頭が一気にパンクするような情報をぶち込まれ、マジかよ……と思った俺が頭を抱えようとしたその時、隣に座るリズが勢いよく立ち上がる。


「ええっ!? クレスくん、王子だったの!?」


 リズの反応とシフォンさんの話を繋げていくと、俺は気づいた。絶対にヴァイスさんの家で一緒に過ごしてるじゃん、と。

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