第87話:クレス王子の依頼Ⅰ

 国を代表する王族が現れたにもかかわらず、冒険者ギルドの応接室の空気は一変して、和やかなムードに包まれていた。


 子供の頃に生活を共にしていたリズが、クレス王子と普通に話しているからだ。


「王子なら王子って、最初から言ってくれたらよかったのにー」


「自己紹介のとき、僕はちゃんと言ったよ。リズちゃんが冗談だと笑い飛ばしただけで」


「そうだっけ? 昔のことだから、もう忘れちゃったよー。あははは」


 同窓会みたいな空気に包まれているが、婚約者であるシフォンさんや護衛の騎士が気にする様子はない。アリーシャさんがクレス王子の茶を準備する以外、座って談笑する二人を微笑ましく見守っていた。


 詳しい状況がつかめない俺は、意を決して、二人の会話に割り込む。


「すいません。リズがこんな話し方をしてますけど、大丈夫ですか? 後日、処罰とかされません?」


「大丈夫です。全然口調は砕いちゃってください。僕は王位継承権を放棄していますし、領主になる予定のシフォンさんの方が立場は偉いですから」


「ああー……そうですか。でも、後ろに騎士がいますけど」


「子供の頃から護衛してくれていた騎士が、今でも一緒にいてくれるだけです。王族の血が流れているとはいえ、僕はクラフターですから、本当に気を遣う必要はありませんよ」


 ハハハッとクレス王子が高笑いをしても、やっぱり周りの騎士が何か言うことはなかった。


 気さくな王子というより、限りなく庶民に近い王子だな。王族が不遇職のクラフターに適性があると判明して、扱いがあまり良くないんだろう。第三王子と婚約すると決まっているのに、次期領主をシフォンさんが務めようとしているくらいだから。


 当の本人であるクレス王子は気にしてなくても、シフォンさんは何か言いたくなったのか、不満そうな顔をしていた。


「クレス、自分のことを悪く言わない約束ではありませんでしたか?」


「ごめんね、シフォンさん。これからは気を付けるよ」


「もう何度目の注意かわかりませんよ。しっかりしてくださいね」


 めちゃくちゃ尻に敷かれてるな。しっかり者のシフォンさんとナヨナヨ系のクレス王子なら、性格的にもこの方がいいと思うけど……、今後もうまくいくのか心配になるよ。


 それでも、二人にとっては日常的な出来事だったんだろう、シフォンさんが深く気にする様子はなかった。真剣な表情に切り替えて、俺たちと向かい合う。


「この国、フォルティア王国の状況はご存知だと思いますが、第一王子のロック様が国王に即位されました。本来であれば、こちらに国王様が訪問する予定でしたが、代理でわたくしたちがヴァイス様の元へ訪ねています。わたくしとクレスに花を持たせよう、ということですね」


 この国の状況なんて初めて聞いたけど、良い感じなのは伝わってきた。クレス王子も兄弟に嫌われてるわけではなさそうで、安心したよ。


「言い方は悪いかもしれませんが、師事していたヴァイスさんと現在も繋がりがあるところを見せて、クレス王子の立場を良く思わせようって感じですか?」


「おっしゃる通りです。ベルディーニ家の跡継ぎが女性のわたくしで、婚約者が王族の血を引くクラフターとなれば、あまり良くは思われません。お父様の代わりにパーティーに参加する機会も増えましたが、見下されることも多くあります」


「まだ若い二人が婚約となれば、余計に舐められそうですね。少なくとも、国王陛下が敵に回っていないだけいいと思いますが」


「同意見です。わたくしたちは貴族としての実績がなく、有力者とのコネクションを持ちません。それゆえに、このような機会を下さったのでしょう。とても素敵な義兄だと思います」


 王族はもっとドロドロした争いをすると思っていたけど、現実はそうでもないみたいだ。クレス王子が王位継承権を放棄した影響が大きいのかもしれない。


「そうなると、勝手に国の方針と違うマネをしてもいいんですか? 国はヴァイスさんに依頼するはずだったのに、今は俺たちに依頼先を変更してますよね」


「この寒い時期に、高齢のヴァイス様を長時間も拘束したくはありません。王都に住む生産職の協力も得る予定ですが、足場が脆く、鍛冶師にとっては危険な復旧作業になると思います」


 確かにそうなんだよな。鍛冶師が山道や街道を補修するなんて、明らかに専門外だ。ブロックで足場が作れるクラフターが指揮を執って、復旧作業をリードした方がスムーズにいくと思う。足場が悪いとわかっている今回みたいなケースであれば、なおさらのこと。


 おそらく、クラフターに実力と影響力をあわせ持つ人がいないから、ヴァイスさんが選ばれているだけであって。


「というのが、表向きの理由になります」


 ん? と聞き返したくなるような不穏なシフォンさんの言葉が、俺の頭にこだました。なんか……ヤバイ案件に巻き込まれようとしている雰囲気がある。

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