第8話:リズの憧れ
翌朝、明るい日差しと冷え込んだ空気で目が覚めると、あまりの寒さに布団の中に潜り込む。が、明らかに宿の布団だけでは、朝の冷え込みに耐え切れなかった。
「寒ッ! 朝ごはんで温かいものを出してもらった方が良さそうだ」
寒くて動きたくない思いを押し殺し、勢いよく部屋を飛び出していくと、寒そうに震えながら階段を降りるリズを発見。後を追って一階の食堂に向かうと、みんな考えることは同じなのか、温かいスープでホッとする人たちが集まっていた。
カウンターに座るリズの隣に腰を下ろした俺は、両手に息を吹きかけて暖を取る。
「今朝は冷え込んでるよな。昨日の昼間はまだこんなに寒くなかったのに」
「護衛依頼の朝と比べたら、温かい朝ごはんがすぐに食べられるし、冷え込んだ風が当たらないだけでもありがたいよ。私は冷え性だから、寒くて日の出よりも早く起きちゃうもん」
「それを聞くと、護衛依頼に臨時でサポーターを雇う気持ちがわかるよ。余分に毛布を運ぶだけでも喜ばれそうだ」
「私なら毎日銀貨一枚出してでも、優先的に借りる権利がほしいかな」
銀貨一枚は日本円で千円程度の価値だから、相当キツいんだろう。護衛に持ち運ぶ荷物は制限されるし、寒空の下で何日も過ごすことを考えれば、体調管理も難しくなる。
「普通の感覚だと、ぼったくりで怒られそうだけどな」
「寒い時期の護衛依頼で、雨が降った日の朝を体験したら、もっとぼったくられてもいいと思っちゃうよ。地面が冷たくて体温を奪ってくる話と、固すぎて眠れない話もしてあげよっか」
「……もう十分に伝わったから、今日は護衛依頼を受けるのやめような。俺の心が持ちそうにない」
想像しただけで凍死しそうだと思っていると、宿の女将さんが朝ごはんを運んでくれた。
熱々の湯気が立ち上る野菜スープと、表面をカリカリにトーストされたパン。スープの器を触るだけでも生き返るような心境になる。
「はぁ~」
「はぁ~」
思わず、スープを一口飲んだ俺たちは、安堵のため息が重なった。
***
そのまま朝ごはんを済ませると、この日の宿もお願いして、一緒に冒険者ギルドへ向かう。
どうやら昨日、リズは俺の冒険者登録を見守った後、朝までずっと眠っていたらしい。護衛依頼の厳しさを聞かされた以上、本当にお疲れ様としか思えないよ。異世界の素材採取は、魔物と自然との戦いになりそうだ。
冒険者ギルドにたどり着くと、多くの冒険者たちが滞在しているため、リズとはぐれないように依頼掲示板へ向かう。
Cランク冒険者であるリズが依頼を確認するのは、CとDランク依頼掲示板だ。俺が戦力不足であることを踏まえて、一人でもこなせる依頼を精査しているんだろう。
なお、EとFランクの依頼掲示板は悲惨なことになっている。楽な依頼や報酬の高い依頼を奪い合ったであろう形跡が残っていて、依頼書がぐちゃぐちゃ。ドブ掃除の依頼書を引き剥がす冒険者は、絶望的な表情して受付カウンターへ向かっていった。
こんな寒い日に寝坊して、依頼争奪戦に参加できないと大変だな。同じFランクでも、パーティを組んでいるサポーターの俺は、高みの見物をさせてもらうよ、ハッハッハ。
……リズに捨てられないように頑張ろう。俺もあんな生活はしたくない。
「ちょっと時間がかかりそうだけど、これにしようかな」
リズがCランクの依頼掲示板から依頼書を剥がすと、近くにいた年配の冒険者が「うえっ!」と声を上げた。マジかよ……と言いたそうな顔をしているため、難易度が高い依頼であるのは間違いない。
依頼書を見せてもらうと、街道に現れる三体のグラウンドシープという魔物の討伐依頼だった。報酬が金貨四十枚と書かれた部分が消され、四十五枚、日本円で四十五万円に修正されているため、誰も受ける人がいないんだろう。
「魔物の名前が緩いわりには、報酬が高いな。本当に大丈夫か?」
「討伐した経験はあるから、孤立したところを強襲すれば、達成できる依頼だよ。依頼が終わるまでに数日はかかると思うけどね。途中で薬草類を採取したら、宿代くらいは稼げると思うんだー」
「わかった。薬草のホリホリと雑用は任せろ。俺が輝ける場所はそこしかない」
寒い時期にドブ掃除なんて、絶対にやりたくないからな。今後もパーティを組んでもらうために、冒険のサポートを頑張ろう。
依頼書を持って掲示板を離れると、今日もリズはエレノアさんの受付カウンターに並ぶ。
空いている受付があっても、わざわざ順番待ちをするのは、何か理由があるんだろう。昨日は随分と仲良さそうに話していたし、にこやかな笑顔を浮かべていたから。
「リズって、エレノアさんに憧れてたり……する?」
「……する」
恥ずかしそうに言うなよ。全身からエレノアさんと話したいオーラを放っているのは、リズと接客中のオッサン冒険者くらいだぞ。
「だって、いつ見ても綺麗だし、優しく接してくれるんだもん。どんな服を着ても大人っぽく着こなしそうで、髪の毛から良い香りもするの。柄の悪い人にも堂々と対応して、カッコいいし……どうせなら、綺麗な人に見送られたいし」
「最後はただのオッサンじゃん」
「違うよ。理想の姉に見送られる妹の設定なんだから、勘違いしないでよね」
リズが熱心なエレノアファンであったことが発覚すると同時に、エレノアさんが接客していた冒険者の受付が終わる。すると、嬉々とした表情でリズはカウンターに近づいていった。
「おはようございます、エレノアさん。依頼の受付処理をお願いします」
「おはようございます、リズちゃん。今日からパーティ活動ですね。護衛依頼を終えたばかりですけど、大丈夫ですか?」
「久しぶりのパーティなので、無理のない範囲で行動する予定です。時間のかかる依頼になると思いますから、しばらくギルドには来れないかもしれません」
「依頼内容は……グラウンドシープの討伐、ですか。確かに時間がかかりそうですね。わかっていると思いますが、突進攻撃には、本当に気を付けてくださいね。この依頼が値上がったのも、Cランクに成り立ての冒険者が挑み、失敗したことが原因ですから」
恐ろしいほど獰猛な羊だなーと思いつつ、二人の会話を邪魔しないように、スーッと冒険者カードを提出。さりげなく受け取ってくれたエレノアさんが、俺の分の依頼処理も進めてくれた。
「依頼受付を終えましたので、冒険者カードをお返しします。ミヤビさんは初めての依頼ですから、無理のない範囲で頑張ってくださいね」
「……はいっ!」
冒険者カードを受け取った俺は、ちょっとリズの気持ちがわかってしまった。さりげない優しい言葉と、エレノアさんの笑顔で見送られると、やる気が出てくるよ。単純だな、俺。
「人のこと言えないじゃん。ミヤビは完全にオッサンの心を持ってるよ」
ごめんな、中身はアラサーのオッサンなんだ。
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