第9話:ちょっと意味がわからないんですけど
昼ごはんのパンや冒険の必需品を買い揃えた後、インベントリにリズの荷物を預かり、西門から街を出た。
すでに他の冒険者が魔物を掃討した後なのか、街道を歩いても魔物の姿は少ない。道中はゴブリンが出る程度で、順調に進むこと、四時間。目的のグラウンドシープが出没するエリアに到着した。
平原の近くに綺麗な川が流れていて、大きめの石も採取できる見晴らしの良い場所になる。
「いったんここで休憩しよっか。水を汲んでおきたいから、私のバッグを出してもらってもいい?」
「わかった」
インベントリに預かっていたバッグを渡すと、リズは革袋を取り出した。
護衛依頼は手荷物を馬車に乗せておけるが、討伐依頼はそうもいかない。自分で荷物を持ち運び、限られた水と食料で乗り越え、魔物の素材や依頼品を持ち帰る必要がある。
思っている以上に冒険者は大変な仕事だよな。毎日何時間も歩いて、命を懸けて魔物と戦うんだから。
ちなみに、魔法で作った水を飲むと腹を壊すらしい。山から流れてくる川の水か、井戸水が一番安全な飲み水だとリズが言っていた。
川の水を汲み始めたリズを見て、俺も自分の革袋を取り出す。
本来であれば、宿の予約で金を使い果たした俺に、革袋を買う余裕はない。しかし、冒険の必需品ということもあって、リズに立て替えてもらったんだ。
紐男一直線みたいで恥ずかしいし、リズにはもう頭が上がらない。全力でリズの冒険をサポートして、恩を返そうと思う。
喉の渇きを潤すため、革袋を川に入れて、ブクブクと水を汲む。
朝が冷え込むこの時期は、川の流れが緩やかだったとしても、水が冷たい。でも、歩き続けた体は火照っているし、山から流れてくる新鮮な水は……うん、最高においしい。
先に水を汲み終えたリズは、大きな石の上に腰を下ろした。
「生産職なのに、ミヤビは体力があるんだね。なるべく早く着きたかったから、ちょっと早めに歩いたんだけど、ついてこられるか心配してたの」
「疲れてないとは言わないけど、装備の影響が大きいかな。採取や建築作業を長時間するために、体力向上の効果を付与した装備を着用しているんだ。まだまだ余裕があるから、歩くペースはリズに合わせるよ」
建築作業をメインとするクラフターは、装備に戦闘力を求めない。動きやすさと疲労が溜まらないことを最優先にして、防御性能は二の次になる。
いま俺が装着しているものも、ウィンドウルフの亜種を素材にしたクラフター装備だ。風属性を付与することで、疲労軽減と体力増強の効果が生まれるため、四時間歩き続けても疲労は少ない。
「ふーん、そんなのあるんだ。魔法使いの装備は属性強化が基本だから、羨ましいなー。ハードな依頼だとバテることもあるし、パーティメンバー次第では休憩しないところもあるんだもん」
パーティにサポーターがいなければ、荷物を持ったまま移動する羽目になるんだよな。激しい戦闘を繰り広げる近接職は体力が多いかもしれないけど、魔法使いは最低限の体力しか持ち合わせていないんだろう。
「安全に魔物を討伐するためにも、休憩はしておいた方がいいと思うけど、一人だけ休憩したいとは言いにくいよな。俺なら空気を読んで、我慢する気がするよ」
「私も我慢派かな。それでトラブルになる方が戦闘に支障が出るし、早く依頼を終わらせたい気持ちもわかるんだよね。街の門が閉まってて、門の前で野宿した経験があるから」
「それを言われたら、何も言い返せなくなるぞ」
残業続きのサラリーマンが終電を逃した、みたいな話はやめてくれ。経験者は語るが、深夜に歩いて家に帰ってる途中、恐ろしいほどの虚無感に襲われるんだぞ。俺は何のために生きているんだろう……ってな。
社畜時代の心が蘇り、胸を締め付けられるような思いでいたら、突然、リズの顔が険しくなった。視線の先を確認すると、遠くの方に白い動物が三体も見える。
ホッキョクグマ並みの大きさで、白い毛をモワモワと生やし、鋭い角を持つ羊。
「ちょっと隠れようか。グラウンドシープが三体もいると、Bランクパーティでも厳しくなるの」
「思ってたよりも凶暴そうな羊だな。あれが突進してくるのは、さすがに怖いぞ」
「前衛泣かせの魔物って言われてて、強力な突進攻撃は一撃で城門を壊すらしいよ。知能も高くて、仲間と挟み撃ちをするように突進してくるし、後方の魔法使いを優先的に狙ってくるの。だから、強力な遠距離攻撃で強襲して仕留めるのが定石かな」
どうりで冒険者ギルドの依頼掲示板で、「うえっ!」と嫌がった冒険者がいたわけだ。群れを討伐しようとして、トラウマが植え付けられるほどの攻撃を食らったに違いない。
依頼を受けるときには、エレノアさんが念を押して注意を促していたくらいだし、冒険者に被害が出たばかりだとも言っていた。絶対に油断してはならないほどの、獰猛な羊なんだろう。
「でも、すっごい突進をしてくるだけだよな?」
グラウンドシープの姿を見て、油断する気などまったくない。しかし、冒険者がトラウマになるほどの恐ろしい魔物だったとして、当たらなければ意味はないし、群れの仲間と連携したとしても、単調な攻撃になるだろう。
「そうだけど、絶対に侮っちゃダメな魔物だよ。弓矢や剣が刺さっても、致命的な損傷を与えない限り、グラウンドシープは突進で襲い続けてくるの。獰猛な性格を考慮すれば、Bランクの依頼でもおかしくないからね」
つまり、車のようなタックルをかましてくる恐ろしい羊だと思えばいい。自慢のボディと角にスピードを上乗せした、止めることができない突進攻撃。
逆にいえば、急な出来事に対処できないほどのスピードで、致命傷を与えない限りは自分で止まれない、とも言い換えることができる。
「落とし穴を作ったら、三体いても安全に討伐できるんじゃないか?」
何を言ってるの? って顔で見ないでくれよ。そういう視線を、軽蔑の眼差しって言うんだぞ。
「魔物ってね、そんなに単純な生き物じゃないの。突進してきたグラウンドシープが、ズッコケるように落とし穴にハマるほどマヌケだったら、みんなで穴を掘ってるよ。落ちるくらいの大きな穴を掘る時間はないし、時間がかかれば気づかれるんだから」
はぁ~っと大きなため息を吐くリズは、明らかに呆れている。早く隠れるよ、と言わんばかりに移動を始めるリズが背を見せたところで、俺はコッソリ作業台を取り出した。
若くしてCランク冒険者になったリズの判断は、一般的には正しいんだろう。でも、それはサポーターを戦力に計算していない時の判断になる。
リズの冒険をサポートすることが俺の仕事なら、できる範囲で戦闘のサポートもこなすべきだ。
まず、インベントリにある『樫の木と石』を使い、石のスコップを作成。平原まで行ってザクッと掘ると、いとも簡単に五十センチほどの深い穴が掘れる。土もクラフトで使える素材である以上は【採取効率強化】が働くため、たった一掻きで大きな穴が掘れるのだ。
そのまま下にザクザク掘っていけば、すぐに落とし穴が作れるし、掘った土は【自動採取】が働き、インベントリの中に消えるため、バレにくい。両手にスコップを持てば、ホリホリスピードは二倍になる。
よって、三分もあれば、すんんんっごい落とし穴が作れる。それはもう、上から覗いてきたリズがアホっぽい顔で見下ろしてくるほどに。
「ちょっと意味がわからないんですけど。前世はモグラの方ですか?」
「前世の記憶がないからわからないが、とりあえず、三分だけ待っててくれ。落とし穴にはけっこう自信があるんだ」
何を言ってるんだろう、と言いたげなリズの視線を浴び、落し穴を掘っていく。ザクザクッ、ザクザクッと、高速で掘りつつも、できる限り音を鳴らさないようにして。
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