第7話:迷子
樫の木の採取を終え、無事に街へ戻ってきた俺は……迷子になった。
アンジェルムの街は似たような家が密集しているし、最初はリズと話しながら歩いていたため、宿の場所を覚えていない。なんとなくこっちな気がすると思いつつも、同じような場所をグルグルと回るだけで、宿にたどり着けそうになかった。
まさかマップ機能がないだけで、迷子になってしまうとは。冒険者が多くいるためか、いくつもの宿が存在していて、余計にわかりにくい。
「宿の名前も覚えてないんだよなー。リズに借金したショックと、金の価値ばかり考えていたよ」
随分と日が落ちてきたし、どうやって宿まで行けばいいんだろうか……と悩んでいると、不意に一人の女の子と目が合った。
ネイビーカラーの髪を肩まで伸ばし、頭にひょこっと猫耳を生やした、俺よりも背の低い猫の獣人。大きなモフモフの尻尾がホットパンツから飛び出し、ショートソードをぶら下げ、軽装備を装着している。冒険者だと思うけど、垂れ目が可愛くて、強そうには見えない。
時間が遅くなってきたことも影響しているのか、他に聞きやすそうな人が見当たらないため、俺はゆっくりと近づいていく。
「ちょっと道を聞いてもいい?」
「……あっち」
「いや、まだ場所を言ってない」
ハッ、盲点だった、みたいな顔をされても困る。ボーッとしてたみたいだし、この子はけっこう天然なのかな。もしかしたら、迷子でウロウロしていたのを見られていただけなのかもしれない。
道を聞く人、間違えた気がするけど。
「冒険者なんだけどさ、部屋を取った宿がわからなくなっちゃって、困ってるんだ」
不審者でないことをアピールするため、冒険者カードを取り出す。すると、女の子もぶら下げていた袋から、冒険者カードを取り出した。
「……一緒」
「本当だ、Bランク冒険者……って、高ランク冒険者じゃないですかー」
リズよりも幼く見えるのに、この子の方がランクが高いとは思わなかった。思わず、勝手に敬語になってしまうのも、無理はないだろう。
「……Fランク、ミヤビ。迷子の冒険者」
「お、おう。言葉にされると傷つくものがあるな」
「……ごめん。私、メル。もっとヒントちょうだい」
「謝らなくてもいいから。相談に乗ってくれると助かるよ」
「ヒント、ヒント」
Bランク冒険者とはいえ、見た目通りにまだ子供だな。楽しそうな顔を浮かべているし、ゲームで遊ぶような感覚なのかもしれない。
「東門から近かった記憶はあるんだけど、知り合いの冒険者の子と話しながら向かったから、詳しく覚えてないんだ」
「……知り合いは、女の子?」
「俺と同い年くらいの若い女の子かな。一緒に一人部屋をとって、すぐに冒険者ギルドへ移動したんだ」
「……正解、あっち。案内する」
「えっ?」
戸惑う俺の袖をつかんだメルは、迷うことなく歩き進める。遅れないようについていくけど……、本当にわかったのか疑問に思ってしまう。
それよりも、少し後ろを歩いている影響で、俺の足にメルの尻尾がペチペチと当たる方が気になるけど。痛くはないし、めっちゃ可愛い。
ずっと見ていられるなーっと思っていると、メルが立ち止まって、振り返った。
「……ここ」
パッと顔を上げると、確かに予約していた宿に到着している。尻尾に夢中で道を覚えていないため、店の名前『風鈴亭』を忘れないようにしよう。
「すごいな、どうしてわかったんだ?」
「……女の子が安全に泊まれる宿、東門付近はここしかない。お酒も禁止だから、低ランクでも安全に泊まれる。なかなかいい宿」
リズに案内されるまま宿を取ったけど、思っている以上に気を遣ってもらってたんだな。同じパーティで活動する予定だったこともあると思うけど、安全面まで考慮してくれてたとは。
あいつ、盗賊との戦いに巻き込んだこと、相当引きずってるな。危険な目に合わなかったんだし、気にしなくてもいいのに。
「そうか、ありがとう。助かったよ、メル」
「……頑張って、Fランク」
「ミヤビね」
「ミヤビ」
全然忘れてなかったよ、みたいな堂々とした顔をされても、説得力はない。正解の宿にたどり着いた喜びで、俺の名前が抜け落ちてしまったんだろう。
ほとんどノーヒントで案内してくれたし、本当にありがたいけど。あっ、そうだ。
「ちょっとだけ待っててもらってもいいか?」
「……待つ」
案内の礼にお駄賃でも上げたいところだが、今の俺にほとんど金はない。その代わり、小物くらいならクラフト作製できる。ちょうど素材採取してきたばかりだから。
まず、インベントリの機能【素材分解】を使用して、手のひらサイズの木ブロックに変換する。
これはインベントリ内で素材を処理できる拡張機能で、採取スキルのレベルが上がると解放されるものになる。冒険者として過ごすなら、魔物の解体にも使えて利便性が向上するだろう。
手が魔物の血で汚れてニオイが取れない、なーんていうことも、俺には無縁の話になる。討伐した後にすぐ処理できるし、優秀なサポーターになれるはずだ。
インベントリ内で分解した小さな木ブロックを取り出したら、【ハンドクラフト】で魔力を使い、猫の形に変えていく。
この作業は慣れとセンスがものをいうが、俺はこういう細かい作業を繰り返してばかり。目に見えない部分まで装飾を作り込むのが好きで、クラフト仲間にドン引きされることもあった。
その影響もあって、簡単な小物を作るのであれば、三分もかからない。
小さな木ブロックが猫の形に整ってくると、メルが食いつくように顔を近づけてくる。色々な角度から見ようと素早く動くのは、さすが猫獣人だな。……めっちゃ気が散るけど。
全体の形が完成したところで、次は表情を入れていく。
全ての工程で手を抜くつもりはないが、表情は一番大事な部分だ。爪で丁寧に一本ずつ線を入れるように加工する。
メルのように垂れ目にして、鼻、口……と順番に描いていき、最後にヒゲをシャッシャッシャッ。仕上げに無属性の魔力を表面に薄っすらと付与すれば、ニスを塗ったような効果が生まれて、完成になる。
メルがまだ小さな女の子ということもあり、躍動感のあるリアルなタイプではなく、可愛らしい猫の置物にしてみた。
「はい、案内してくれたお礼」
「……もらう」
受け取ったメルは、大事そうに両手で持ち、ジーッと見ながら歩いて行った。尻尾がピーンッと上に立ち、リズミカルに揺れているから、喜んでくれただろう。
クラフトしたアイテムを誰かに受け取ってもらう、こういう経験は初めてだ。VRMMOの世界では、ただのデータに過ぎなかった。それが今や現実の物になって、誰かに渡すことができるなんて。
自分が建築した家で現実に過ごす、そんな夢みたいなことが、本当にこの世界では実現できる。ゼロから素材を集めないといけないし、土地や税金の問題とか色々あるだろうけど……、楽しみだな。
この日、宿に戻った俺は、夜ごはんを一人で食べた。リズを呼びに行こうか迷ったけど、疲れて眠っていたら悪いし、まだ今日出会ったばかり。
向こうが若い女の子である以上、フレンドリーに距離を縮めすぎると、不審に思われるかもしれない。優しいリズのことだから、もっと気を遣わせる可能性もある。明日から同じパーティで過ごすんだし、気合いを入れて依頼を手伝おうと誓い、俺はベッドで眠ることにした。
宿のベッドが思ったより固いと、心の中でクレームを入れながら。
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