第6話:石の斧

 門兵さんに冒険者カードを見せた俺は、素材採取へ向かうため、街の門を後にした。


 エレノアさんが教えてくれたように、この辺りは見晴らしがいい。逆に言えば、素材採取できるものが少なく、良いものが見つかりにくいとも言える。


 安全と引き換えとはいえ、本当に最低限の採取になりそうだな。この街道はさっき通ったばかりで、木の枝や小石を拾い続けたし、道中はゴブリンを見かけた。


 街や街道から離れた場所で採取するなら、武器を作りたいところだが……。


 採取道具も作る必要があるため、ひとまず、護衛依頼の同行中に採取した素材を確認する。



 木の枝×40

 小石×50



「なんとかギリギリ集まってたな。これなら何とかなりそうだ」


 幸いなことに、俺は『ユメセカイ』のデータを引き継いで異世界転移してきた。異世界は初めてでも、クラフターとして過ごした経験がある。素材が乏しい序盤で、無駄な材料を消費しないで過ごすのは容易なことだ。


「最初に必要なものは、作業台だな」


 まずは、採取道具や家具などを作るために必要なアイテム、作業台を作製する。クラフトする上では欠かせないベースアイテムと言っても、過言ではない。


「まさか初歩的な【ハンドクラフト】に緊張する羽目になるとは。ちゃんとクラフトシステムが動いてくれたら、失敗することはないんだが」


 深呼吸をして心を落ち着かせた後、手元に魔力を集めて、異世界で初めてのクラフトを試みる。といっても、DIYのような作業は必要なく、完成した作業台をイメージするだけ。あとはクラフトシステムが自動で構築してくれるから。


 自分で魔力を使って加工する方法もあるけど、思いを込めて手作業するほどのアイテムじゃない。危険な野外だし、早く作ってしまおう。


 十秒ほど経過して、手元の魔力と『木の枝×30』が消費されると、インベントリ内に作業台が構築される。目の前に取り出してみると、思い描いていたキッチンテーブルほどの作業台が出てきた。


 この作業台の前に立つことで、VRMMOの世界ではウィンドウにレシピが表示されていたけど、この世界だと脳内に直接情報が入ってくる。わざわざ作りたい物のレシピを検索しなくても、思い浮かべるだけで必要な素材がわかるため、ゲーム内より便利かもしれない。


 慣れ親しんだクラフトスキルと違う点はあるけど、戸惑うような点は見られない。今までと同じような感覚で使っても、問題はなさそうだ。


 作業台も完成したため、次は『小石×30、木の枝×10』を消費して、定番の『石の斧』を作製していく。


 刃を石で作るとはいえ、斧は木を切るだけでなく、武器としても活用できる。序盤に持っておきたい優れたアイテムの一つだ。


 採取可能になる木材は、家具や小物の素材など幅広い用途があるし、消費量が大きい。冒険者の依頼で野営することがあれば、焚き火の薪としても使用できるはず。仮に使わなかったとしても、インベントリに突っ込んでおいて損はない。


 作業台の前で魔力を込めると、すぐに立派な石の斧が完成する。何の変哲もない石の斧であり、意外によく切れるため、地味に攻撃力も高い。


「よし、これで森の入り口まで行って、木材を採取するか。落ちた木の枝と違って、数本切るだけでも一気に素材が集まるからな」


 右手に石の斧を装備した俺は、街道から離れて歩いていく。


 ここが現実である以上、周囲の警戒だけは気を付けておこう。盗賊の残党が潜んでいたり、複数の魔物に出くわしたりする可能性がある。ゲームの世界と違って、現在位置がマップで把握できないし、今日は採取を楽しむ暇がなさそうだ。


 何とかゲームメニューが表示されないか試してみても、うまくいくことはなかった。スキルや装備を引き継げただけでもありがたいから、最初のうちは道に迷わないように気をつけよう。


 そんなことを考えている間に、大きな木々が立ち並ぶ森を発見した。森の入り口に自生するのは、ドングリが実る『樫の木』だ。肌寒い気候のせいか、ちょうどドングリが実っている。


 樫の木に近づいた俺は、周囲を確認して、作ったばかりの石の斧で伐採を始める。


 コンッ コンッ コンッ


 伐採といっても、クラフトの上級スキル【採取効率強化】が働くため、斧で軽く三回叩くだけ。それだけで木を伐採することができる。力を必要としないし、大幅に採取時間が短縮されるので、短時間で色々な素材を集められるだろう。


 そして、もう一つ便利なスキルが発動している。クラフトの中級スキル【自動採取】だ。伐採した木が倒れることなく、勝手にインベントリの中に入ってくれるんだ。


 このスキルのおかげで、木が自分の方へ倒れてきたり、ドッシーンッ! と大きな音を立てて倒れたりしなくなる。ゲーム内だと便利な採取スキル程度だったけど、現実でこの機能が働く利点は大きい。


 周囲の魔物を音で引き寄せずに安全に採取できるから。このスキルがあるだけでも、命に関わる危険がグッと減るに違いない。


 ちなみに、切り株はスコップで採取できるんだが、今は持っていない。さすがに石の斧で代用できないため、このまま放置する。また通りかかった時に採取するつもりだ。


 伐採に集中すると、周囲の警戒が疎かになってしまうので、森の入り口の木を十本切って、採取を終了。後は帰り道で石を拾いながら街へ帰れば、他の採掘道具も作れるようになるから、無理はしないでおこう。


 街へ向かって歩いていき、次は石のスコップでも作ろうかなーと考えていると、街道付近でゴブリンに遭遇。運が悪いのは、街へ帰るための通り道であり、目が合ってしまったことだ。


「グギャギャ」


 見つけたぞ、と言っていそうなゴブリンに気づかれたので、俺は石の斧で迎え撃つ。


 VRMMOで魔物の素材も採取していたが、俺は戦闘が苦手だ。特に近接戦闘はセンスがなく、弱い魔物の攻撃を食らうほど、運動音痴になる。


 それゆえに、俺が唯一戦える方法は……アイテム投げだ!


「外れたら死ぬーッ!」

「グギャーッ!」


 ふう、魔物に近づいて戦闘するのは怖いし、投擲スキルを鍛えておいて本当に助かったよ。ゴブリンに石の斧が突き刺さり、無事に討伐することができた。


 まあ……ゴブリンがもう一体いたら、絶体絶命だったのは間違いない。早めに切り上げて正解だったな。


 投げた石の斧と討伐したゴブリンをインベントリに回収した後、俺は急いで街へ帰る。


「おっ、あの石デカイ」


 呑気に石を採取しながら。

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