第5話:冒険者ギルドⅡ

 冒険者ギルドの中に入ると、冒険者だけでなく、依頼人である一般人もいるため、予想以上に混雑していた。


 ギルドは石造りの建物になっていて、奥には木材で作られた受付カウンターがある。至る場所に机や椅子が設置され、武装した男女がウロウロしたり、掲示板に張り出された依頼書を眺める人がいたりして、賑やかな会話が聞こえるため、リズから目を離すと……はぐれそうで怖い。


 ギルドの雰囲気に圧倒されながらも、リズに置いていかれないように歩き進めると、受付カウンターにたどり着く。そこには、美しい女性が座っていた。


 背中まで伸びた銀髪に、艶のある唇。冒険者ギルドの白い制服に紺色のカーディガンを合わせ、落ち着いた大人の雰囲気が漂う。耳に髪をかける仕草が、一段と色っぽい。


 彼女とは親交の深い人物なのか、受付カウンターに近づいたリズは、屈託のない笑みがこぼれていた。


「ただいま、エレノアさん。護衛依頼の報告に来ました。途中で盗賊を捕縛したので、門兵さんからまた連絡があると思いますけど、処理をお願いします」


「おかえりなさい、リズちゃん。確か、前回も盗賊を捕縛されていましたよね。治安が悪くなるような事件は、この辺りで起きていないはずですが……。ところで、隣の方はお知り合いですか?」


 話を振られた俺は、ゴホンッと咳払いをして喉の調子を整える。


「ミヤビと申します。リズさんに勧められて冒険者登録に来ました。よろしくお願いします」


「ご丁寧にありがとうございます。私は冒険者ギルドの職員、エレノアと申します。よろしくお願いしますね」


 互いに会釈で礼を済ませると、隣からリズの冷たい視線が飛んでくる。


「なんか、私の時と対応が違わない? 鼻の下が伸びてる気がするんですけど」


 初対面の方を前にして、鋭い突っ込みはやめてくれ。冒険者登録するのなら、エレノアさんは取引先の社員みたいなもんだ。しっかりと挨拶をして、第一印象を良く見せるのは、社会人として当然のこと。


 綺麗な女性によく見られたいなどという、やましい気持ちは一切ないぞ。


「これぐらいの挨拶は基本だし、時と場合によるだろう。リズと出会ったときは、盗賊のうめき声が聞こえていたし、落ち着いた雰囲気じゃなかったからな」


 納得していない様子のリズがブツブツ文句を言いながら、エレノアさんに冒険者カードを手渡した。


「冒険者カードをお預かりしますね。依頼状況の確認をしますので、お待ちください。その間と言ってはなんですが、ミヤビさんはこちらの申請書をご記入ください」


 差し出された紙を受け取ると、そこには『冒険者登録申請書』と書かれていた。細かい文字でギルド規約と案内が書かれているため、一通り目を通していく。


 冒険者ランクは上から順番にS、A、B、C、D、E、Fと下がっていき、依頼やギルドの貢献度で評価されるらしい。リズが言っていたように、初心者冒険者のフォローも冒険者ギルドの発展に貢献すると判断されるんだろう。


 身分証として冒険者カードが使えることや、銀行のようにお金を預かるサービスもあるみたいだ。インベントリがある俺には関係なさそうだが、普通に考えて、大金を持ち運びながら護衛依頼や魔物討伐なんてできないもんな。


 他には、可能な限り礼節をわきまえることや、共同で依頼を受ける場合は協調性を大切にするなど、初歩的な内容や一般常識が記載されている。


「ふーん、ちゃんと読むんだね」


 真剣にギルド規約を読んでいると、依頼報告を終えたリズにキョトンとした顔で見られていた。


「契約書はちゃんと読まないと、後で何が起こるかわからないからな。それに、目の前に職員がいて、読まないという選択肢は選べないだろう」


「九割の人が読まないよ。私は読んだけど」


 そんな馬鹿な話はありませんよね、とエレノアさんに同意を求めようとしたら、苦笑いを浮かべていた。


「しっかり目を通していただけているようで、冒険者ギルドとしてはありがたい限りです。リズちゃんのお知り合いとあって、真面目な方ですね」


 どうやら読まないのが一般的らしい。冒険者ギルドも大変だな。契約書を確認するのは、社会人の常識だというのに。


 ちゃんとギルド規約に目を通した後、俺は名前から順番に記入していく。


「待って」


 名前を書いた瞬間、リズに止められた。


 文字の読みは大丈夫でも、文字を書くのは誤魔化しが効かないのかもしれない。さすがに異世界から来たとは言えないし、なんて言い訳をすればいいんだろうか。


「職業欄は、サポーターって書いた方がいいよ」


 ……日本語がアウトなわけじゃなさそうだ。やっぱり、何か特殊な力が働いているらしい。


「サポーター?」


「うん。長期依頼や護衛依頼になると、武器や防具の手入れが難しくなるでしょ? だから、補助をメインに行動できる生産職の人を、臨時で誘うことがあるの。そう言った人がサポーターだよ」


 なるほど、冒険者のパフォーマンスを下げないようにするための補助職、という立ち位置か。リズが誘ってくれたのも荷物運びだったし、そういったポジションが確立されているんだろう。


「パーティに入った場合、裏方に回る冒険者ってことか」


「まあ、そんな感じかな。戦闘に参加しないわけじゃないけど、野営の見張りは免除されるし、危険は少ないの。護衛依頼で周りに気を配ってピリピリするなか、川の水を汲んだり、調理したりするのって、依頼が長引くほど誰かにやってほしくなっちゃうから」


 つまり、依頼を無事に終わらせる確率を高めるための保険要員で、パシリってやつかな。睡眠不足で疲労が蓄積すると、怒りの沸点も低くなりやすいだろうし、トラブル防止の役割もあるのかもしれない。


「わかった。じゃあ、サポーターで登録するよ」


「うん。後はエレノアさんにパーティ申請書類も渡しておいたから、そのまま進めてもらって。私は護衛依頼で疲れちゃったし、先に宿へ戻って休むよ」


「ああー……そうだったな。悪い、疲れてるところ付き合ってもらって」


「気にしてないから、全然いいよ。その分、しっかり働いてよね。サポーターさん」


 本当にリズは疲れていたんだろう。エレノアさんに別れを告げた後、欠伸をしながら歩いていった。


 申請書をエレノアさんに提出すると、手際よく手続きが進み、すぐに冒険者カードが発行される。


「仮通行許可書をお持ちではないですか?」


「あります」


 門兵さんにもらった仮通行許可書と引き換えに、冒険者カードを受け取った。


 名前と職業が書かれ、Fの文字が刻まれているカードだ。無くさないように、早速インベントリに入れておく。


「あっ、本当に生産職の方だったんですね」


 エレノアさんがポカーンとした顔で驚いている。おそらく、冒険者カードが消えたから、インベントリのスキルを使ったと判断したんだろう。


「もしかして、生産職の人間が冒険者登録するの、けっこう珍しいですか?」


「生産ギルドや商業ギルドに登録される方が多いですからね。荷物運びになろうと挑戦される方もいますが、若い方でも体力が持たないので、敬遠されてしまいます」


 生産ギルドの存在を初めて知った俺としては、ものすごく納得しますよ。血の気の多い生産職なんて、普通はいないと思いますから。対極の存在とも言えるでしょうね。


「簡単な戦闘ならできますし、それなりにスキルも使えるので、しばらくはお世話になろうと思います」


 俺はやりますけど。


「よろしくお願いします。最近は生産ギルドに無理を言って、護衛依頼に臨時で同行していただくケースもありますので、応援してますね。魔物の肉や貴重部位は、インベントリでお持ちいただけると、買取額も上がりやすいですよ」


 インベントリの中は時間経過しないし、道中で傷つく心配もないからな。利権が絡みやすそうな生産ギルドで過ごすより、冒険者ギルドの方が案外いいかもしれない。


 最初は素材採取に専念しないと、何もクラフトできないし。


「わかりました。ちなみに、街の外で比較的安全なエリアって、どの辺りになりますか? 近場で少し素材を採取したいんですけど」


「東エリアでしたら、街道に近い場所は安全です。見渡しもいいですし、周囲の確認を怠らなければ、生産職の方も素材採取に向かわれますよ」


 ちょうどリズたちと一緒に来た方向が東だな。安全なエリアだからこそ、盗賊も住み着いていたんだろう。ひとまず、最低限の物資だけは揃える程度に留めておくか。


「助かります。日が暮れる前に少し行ってみますね」


「お気を付けください」


 エレノアさんに見送られ、俺は冒険者ギルドを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る