第3話:インベントリ
ロープで縛り上げた盗賊たちを監視しながら、俺とリズは護衛部隊の最後尾を歩き、街道を進んでいく。
声を張り上げて隙を作っただけの俺を、快く仲間として迎え入れてくれたのは大きい。
商品が壊れずに済んで喜ぶ商人と、無駄なケガをせずに済んだと喜んでくれる冒険者たち。そして、路頭に迷わずに済んだと喜ぶ俺。
ここが現実世界で、盗賊の襲撃に首を突っ込んだと考えると……ちょっぴり怖くなるが。結果的にはよかったものの、呑気にチュートリアルと間違えていたなんて、シャレにならない出来事だった。
今後は無闇に首を突っ込まないようにしようと思いつつ、街道に落ちている木の枝や小石を拾っていく。
最初は、素材やアイテムを入れる機能である『インベントリ』がないと焦ったけど、VRMMOの世界のようにウィンドウが表示されないだけだ。手で触れて『収納』と心の中で唱えると、スーッと虚空へと消えていく。
この現象はインベントリで間違いない。ゲームの機能が反映されているんだ。
頭の片隅でインベントリの中身が確認できるし、この世界でクラフトスキルが使えると判断していいだろう。メールの案内にあった通り、一部のデータを引き継ぎ、特別なワールドへ招待されたと考えて間違いない。
つまり、自分でクラフトしたアイテムを使って、現実に生活できる。素材採取へ行って、好きなアイテムを作り、冒険とスローライフを同時に楽しめるんだよ。最終的には、自分で建築した家に住み、家族とのんびり一緒に過ごす。
うぐっ……、妄想しただけでニヤけてしまいそうだ。夢の生活に向けて、小石を拾おうっと。
「ねえ、さっきから何してるの?」
二やけた口元を隠して、平然と小石を拾ってみたが、リズに不審者でも見るような眼差しを向けられてしまった。
「気にしないでくれ。使えそうなものを拾ってただけだ。普通に歩いてるのも、もったいないと思って」
「ああー……ミヤビは生産職なんだね。手ぶらで街道に出るのはおかしいと思ったよ。羨ましいなー、インベントリが使えて」
「ん? リズは使えないのか?」
「生産職に適性のある人が生まれつき持ってるスキルでしょ。私たちみたいな戦闘職は使えないよ。今は手ぶらで歩いてるけど、護衛依頼中だと邪魔になるから、馬車に荷物を置かせてもらってるんだー」
VRMMOの世界では、初期機能として実装され、誰もが使えていたはず。俺が『ユメセカイ』のスキルをそのまま使えると言っても、色々と仕様が違う世界みたいだ。
確か、クラフターのスキルレベルを上げるとインベントリの拡張スキルを覚えたから、そういうことも影響しているのかもしれない。
「リズは魔法使いで……間違いないよな?」
「うん。今は魔物討伐とか護衛依頼を受けて、ソロ冒険者をしてるよ」
「まだ若いのに、一人で冒険者か。大変だな」
「ふーん、ミヤビは近所のおじさんみたいなこと言うんだね。私とあまり身長は変わらないし、まだ若く見えるのに、けっこう年がいってるの?」
リズの言葉を聞いて、俺はハッとした。
ついついリアルの感覚で答えてしまったけど、スキルや装備を着ている以上、VRMMOで使用していたアバターのまま、異世界転移したんだろう。
身長は百六十センチで、年齢は十五歳という設定だったか。実は日本でサラリーマンをしている社畜のアラサーです……とは、さすがに言えないな。
「俺は十五歳だけど、リズも同い年くらいに見えるぞ」
「ふっふーん。私は十六歳だから、一つ年上だね。ほらっ、ソロ冒険者をこなすくらいには、大人の余裕があるでしょ?」
「………。そ、そうだな」
大人の余裕がある人間ほど、そういうことを言わないだろう。あどけなさが残るし、早く一人前の魔法使いに見られたいのかもしれない。まだまだお子様だな。
「……ストーンバレット」
「本当にリズは大人っぽいと思う。いくら魔法使いと言っても、女の子で盗賊に立ち向かう勇気はなかなか持てないぞ。冷静で落ち着いてるよな」
「ミヤビは褒め上手だね。女の子にモテると思うよ」
こいつ、子供の心を持ったまま大人になるタイプだ。一般人を魔法で脅してくるとは、恐ろしいやつめ。実際にぶつけてくることはないと思うけど、護衛依頼中なんだし、魔力は温存してください。お願いしますよ。
他愛のない話をしながら歩いていると、遠方にゴブリンのようなものが見えた。
商人が護衛依頼を受けるのは、物資を狙う盗賊だけでなく、命を脅かす魔物がいる世界だからだろう。リズも気にして目視はするものの、護衛依頼を優先して、討伐へ向かう様子はない。
それよりも、盗賊たちがコソコソと話し始めると、リズは魔法で威嚇する。優先すべきは盗賊への対処法みたいだ。ロープで縛られたままだと、さすがに逃げられないと思うが……、往生際が悪いらしい。
最後尾からリズが鋭い眼差しを送りながら、二時間ほど一緒に歩き進めていくと、無事に街へ到着。大きな防壁に囲まれていて、門の前で一般人が検問待ちするなか、次々に兵士さんがこっちに向かってくる。
おそらく連れてきた盗賊に気づいたんだろう。ロープで縛られているとはいえ、盗賊と一緒に待たせておくわけにはいかないはずだ。犯罪者に厳しく対応する兵士たちに連れられ、盗賊たちは先に街の中へと入っていった。
盗賊たちを全員連れていくと、指示を出していた兵士のリーダーらしき人物が近づいてくる。
「俺はアンジェルムの街で兵士長を務めている者だ。盗賊の捕縛、ご苦労だった。この部隊のリーダーを教えてもらいたい」
「はい、私です」
「えっ!?」
思わず、俺は声を漏らしてしまった。まさか、大人の男性冒険者たちを差し置いて、若い女性冒険者であるリズが部隊のリーダーだったなんて。
「なんで驚いてるのよ。冒険者ランクの高い人がリーダーをやるのは、暗黙のルールなんだから仕方ないでしょ」
「ごめん、単純に予想外だった。普通にすごいと思う」
「……許す」
リズがデレた。素直に褒められるのは弱いみたいだ。
ローブの内側に隠していたポーチから冒険者カードを取り出したリズは、それを兵士長さんに手渡した。
「Cランク冒険者のリズがリーダーの部隊、人数は六名で間違いないか?」
「いえ、冒険者は五名です。彼は一般人なので」
確かに俺は、冒険者のような装備をした一般人だ。兵士長さんが間違えるのも無理はない。
「了解した。では、五名の冒険者で処理する。後日、冒険者ギルドを経由して報酬を手渡そう。検問の順番が回ってくるまで、今しばらく待機してほしい」
「わかりました。ご苦労様です」
話が終わると、兵士長さんは冒険者カードをリズに返し、門へと戻っていった。
「リズ、今のは本当に大人っぽくて良い対応だったと思う」
丁寧な受け答えをするリズに、俺は驚きを隠せない。気に入らないことがあると、ストーンバレットで脅してくるような子供とは全然違う。とても良い意味で、大人の対応だった。
「そ、そう? 大したことはないと思うんだけど」
照れたリズは、自分の髪の毛をクルクルといじり始める。顔を赤く染めているのは、恥ずかしいけど嬉しいような気持ちでいっぱいなんだろう。
そんな大人のリズに、俺は一つアドバイスをもらいたい。
「当たり前のことを聞くと思うんだが、街に入るには身分証って必要だよな」
「うん。身分証を紛失、および、所持していない場合は、銅貨五枚で三日間の仮発行。その間に正規の身分証を取得しないと、犯罪者と同じ扱いになるけど……、まさかインベントリのスキルを持ってて、無くしたの?」
「違う。そもそも身分証を持ってないうえに、金もないという奇跡の二段構えなんだ」
自慢気に言わないでよ、と言いたそうなリズは、顔が引きつっていた。
せっかく街へ案内してもらったのに、街に入れなくて申し訳ない。こうなったら、盗賊の討伐を手伝った心優しい青年ということで、手を打ってもらえないか交渉してみようかな。
チュートリアルをクリアしようとして、大声を出したという実績だけはあるから。
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