第2話:盗賊
「動くなッ!!」
ドスの利いた男の声が聞こえて、俺はハッと目を覚ました。
急いで周囲を確認しても、青々と生い茂った木々の立ち並ぶ風景が見えるだけで、男の姿は見当たらない。どうやら気づかないうちに座り込み、木にもたれかかって眠っていたらしい。
でも、ここはどこだろうか。月詠の塔が見当たらないぞ。
ああー……そうか、特別なワールドとやらに移動したんだ。意識が飛ぶほど負荷がかかるなんて、妙なサーバー移動だったが。
ハッキリと覚えていないけど、差出人の名前も運営じゃなかった気がするし。
「動くなと言ったはずだ。こっちの方が数で有利なんだからな」
少しばかり違和感を覚えていると、後方から再び男の声が聞こえてきた。もたれていた木で身を隠してコッソリ確認すると、街道に二十人ほどの武装した人間たちが対立していた。
片方のグループは、小さな馬車を護衛する冒険者らしき人たち。大人の男性四人に若い女の子が一人で馬車を護衛し、怯えた馬をなだめる商人っぽい女性が一人いる。
そのグループの進路を阻むのは、十三人の盗賊らしき人たちで「へっへっへ」と悪そうに笑い、手にはナイフや剣をちらつかせていた。明らかに悪役による襲撃だと、一目でわかるほどに。
「悪いことは言わねえ、荷物を置いていけ。命は見逃してやる」
身を引き締める護衛たちが小さく首を動かし、数の多い盗賊たちを警戒した。
随分と緊迫した雰囲気を出しているが、通常の『ユメセカイ』ではあり得ない光景になる。『夢を現実に』をコンセプトにしているため、荒れそうな対人コンテンツは徹底的に除去したはずだから。NPCであろうと、それは例外ではない。
メールの案内にあった『特別なワールド』というのは、今後のアップデート予定を先取りしたってことだろうか。ある種のベータ版で、テストプレイヤー的な立ち位置なんだと思う。
一触即発の雰囲気を見守って考察していると、不意に、護衛の女の子と目が合った。
ピンク色のスカートに白いローブを羽織り、金属製の杖を持つ魔法使い。茶色い髪をセミロングにして、黄色い花飾りを付けた姿は、まだあどけなさが残る女の子っぽくて可愛らしかった。
盗賊たちの目が俺に向かないようにするためか、女の子はすぐに目線を外す。が、右手を小さくグーパーグーパーと動かしているため、声を出して敵を引き付けろ、というサインを俺に送っているに違いない。
この感じだと、俺が出ていくとクエストが始まるんだろうな。チュートリアルにしてはわかりにくい見落としがちなサインだと思うが、リアリティはある。『ユメセカイ』の運営も、本腰を上げて対人要素を取り込んできたか。
早速、チュートリアルを開始するため、俺は木陰から飛び出し、大きな声を張り上げる。
「何をしてるんだ!」
目の前の護衛に気を取られていた盗賊たちが一斉に振り返った瞬間、俺にサインを送っていた女性が動き出す。
グッと握りしめた杖に茶色いオーラが輝き始めると、空中にソフトボールほどの石が十個ほど作られた。
「ストーンバレット」
「しまっ……ぶへっ」
不意を突かれた盗賊たちの顔面に強打すると、それを開戦の合図と言わんばかりに、他の護衛たちも襲い掛かる。盗賊が手に持つナイフを武器で弾き、腹部に拳を叩き入れて、次々に戦闘不能へと追い込んでいった。
迫力があるなーと感心するが、チュートリアルなのに、まさか声だけの出演になるとは。インベントリにあるアイテムで先制攻撃をした方がよかった……ん? インベントリが開かない。メニューも出ないな。あれ、何かおかしいぞ……。
アタフタと体を動かしながら操作を確認していると、絶対にあり得ない情報を手で感じ取り、俺は固まった。
装備している服に繊細な感触があり、胸に手を当てると、仮想世界に存在しないはずの鼓動が伝わってくる。スーッと血の気が引く感覚は本物で、ゴクリッと喉を鳴らした後、口内に唾液が分泌されていた。
不自然なまでにリアルすぎる。何より、少し肌寒いと感じるのはおかしい。
まるで、ここが現実でもあるかのようで……と考え始めると、メールに書かれていた言葉を思い出す。
『特別なワールドへご案内いたします』
その本当の意味を、俺は理解したかもしれない。馬鹿げた話のようで疑う自分もいるが、体の動き一つ一つがリアルすぎる。
仮想空間じゃない、ここは現実世界……なのか? サーバーではなくワールドと記載されていたのは、本当に別の世界であり、異世界という意味かもしれない。
突然のことでポカーンッとしてしまい、盗賊をロープで拘束する護衛たちの姿を眺めていると、魔法使いの女の子が近づいてきた。
「良さそうな防具が見えたから、冒険者かと思ったんだけど……もしかして、違った?」
困惑する俺の姿を見て、怯えていると誤解したのか、心配そうな表情を浮かべた女の子が俺の顔を覗き込んでくる。
プレイヤーでもNPCでもない、異世界に住む現住人かもしれない。ここは落ち着いて返答しないと、変な疑いがかけられてしまう。
「冒険者ではないけど、迷子ではあるかな。この辺りの土地勘はないし、初めて戦闘する光景を目の当たりにして戸惑ってるよ」
「そっか。ごめんね、冒険者でもないのに巻き込んじゃって。ちょうど商人の護衛依頼中だから、お詫びに街まで送っていくっていうので手を打ってくれたら嬉しいんだけど。……ダメかな?」
「助かるよ。俺は、ミヤビ。ついでに色々話を聞かせてもらえると嬉しい」
「じゃあ、交渉成立ってことで。私はリズ。よろしくね」
差し出されたリズの手を取った瞬間、俺はここが現実だと確信した。氷でも触ったかと思うほど、リズの手が冷たかったから。
彼女の体がプログラムで作られているとは思えないし、極度の冷え性で悩む女の子に違いない。ここがゲームの世界だったら、こんな感情を抱かなかっただろう。
手の冷たさに集中して俯いていると、またリズに顔を覗き込まれてしまう。
「手が冷たい人は心が温かいんだよー?」
優しく微笑むリズを前に、自然と強張っていた肩の力が抜け落ちるのがわかった。
「そんな気がするよ。よろしく、リズ」
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