異世界クラフトぐらし~自由気ままな生産職のほのぼのスローライフ~

あろえ

【冬編】一章

第1話:異世界転移

 七色に輝く光の粒子が雪のように降り注ぎ、幻想的な光景が見られる塔の中で、俺は一通のメールを開いていた。


「幸せオーラ全開すぎるだろ……」


 ゲーム内のメールボックスに届いた、結婚報告の連絡。惚気話に興味はないけど、幸せを分けてもらえるような気がして、最後まで目を通すことにしている。


 必ず文末には、あなたにも幸せが訪れますように、そう締めくくられているから。


「結婚報告の連絡なんて、現実世界だけで十分だけどな」


 ここは、『夢を現実に』をコンセプトに作られた、国産VRMMO『ユメセカイ』。


 魔法や武器で戦闘する魔物討伐戦が爽快で、日本にVR機器を普及させたゲームの一つになる。一年前に大型アップデートでクラフトシステムが追加され、今もまだ人気が衰えることを知らない。


 石や木や鉱物を採取し、魔物から素材をゲット。簡単な家具のワンタッチ作成から、素材をブロック化して気軽に建築が楽しめる、初心者にも優しいクラフト要素が魅力的。そこに、魔力で細かい装飾や加工までできるため、今や世界中のクラフターが夢中になっている。


 そして、俺もその一人。『ミヤビ』というキャラ名で『ユメセカイ』に登録し、子供の頃から思い描いていた、理想の建築物を作り上げた。


 発光石と呼ばれる特殊な鉱石を用いたブロックに、様々な付与魔術を施し、幻想的なオーラを漂わせた俺の作品、『月詠の塔』。絶妙なバランスで付与魔術をかけることで、精霊が住んでいると思わせるような淡い光が発光する。雪のように降る光の粒子は美しい星空ともマッチするため、夜は最高の光景を眺められる……はずだった。


「結婚してくれないか」


「……はいっ!」


 今や『愛のキューピッ塔』と呼ばれる不名誉な別名と共に、恋人たちの巣窟ダンジョン化してしまったが。


 通常、各自に振り分けられるサーバー内でクラフト作成するため、許可した人間以外は入ることができない。しかし、『ユメセカイ』で初めてとなる建築イベントは、まさかのユーザー投票。エントリーするため、誰でも入場できる設定に変更したところ……リア充のプロポーズ会場化するという、不運が始まった。


 俺の丹精込めて仕上げた月詠の塔を見て、「精霊の祝福を受けている」と、誰かが言い始めたんだ。あっという間に噂が広がり、プロポーズする者が現れると、作った本人が知らないところでどんどん誇張されていった。


『幸せな家庭を築く縁結びの精霊が住む、愛のキューピッ塔』と。


 もちろん最初は「爆ぜろ、リア充ども!」と、憤慨した。家族や友達がいない独りぼっちの俺としては、ログインするたびに苦痛を浴びなければならない。


 塔の中から見える風景が、イチャイチャする恋人モンスターだらけだからな。


 しかし、毎日何十通も結婚報告のメールが届けば、感覚もマヒしてくる。


 お前が作ってくれたおかげで結婚できたぜ。

 素敵な精霊の祝福を受けて、幸せになります。

 ブラザーも俺の嫁と同じくらい良い女に会えることを願う。


 プロポーズを成功させた知らないカップルたちが、俺に感謝のメールを送ってくるんだ。まだゲーム内だけの話ならいいけど、リアルでも結婚するほどのガチ勢が多く、新居の写真まで送付してくる者まで現れる始末。


 中には幸せすぎて腹が立つような文章もあったけど、徐々に俺の心にも変化が訪れていた。


 自分の手で誰かを幸せにしているというのは、クラフターとして誇らしくあるべきではないか、と。愛のキューピッ塔と呼ばれていることだけは、許せないが。


 そして、今日はこんなメールまで届いた。


『特別なワールドへのご招待』


 メールを読んでいくと、多くの人間を結び付けてくれてありがとう、といった激励の言葉が書かれている。クラフトよりも愛のキューピッドとして褒められたのは複雑な心境だけど、評価されて嬉しい気持ちが大きい。


「イベントの結果発表かな。来週だった気がするけど……、受賞者には予め連絡しているのかもしれない」


 エントリーした建築イベントは、十位までが入選になる。景品は非公開と書かれていたが、特殊サーバーの案内だったとは。


 確かに、愛の巣窟ダンジョン化している現状を見れば、非公開にして入場禁止にすると、大炎上が起こるはず。だから、別のサーバーをプレゼントしますので、このサーバーを公開したままにしてくださいってことなんだろう。


 わざわざ『特別なワールド』と書かれているし、VIP用のサーバーでも用意してくれたのかな。良い雰囲気のカップルたちを邪魔できないから、ちょうどいいかもしれない。


『特別なワールドへご案内いたします。一部のデータを引き継ぎますが、いかがいたしますか?』


 迷うことなく『はい』のコマンドにタッチすると、ゆっくり視界が暗くなり始める。徐々に意識が遠のくような不思議な感覚は、VRMMOの世界で初めての経験だった。


 普通のログアウトで起こる現象とは違う。様子がおかしい……と思っても、逆らうことができない。


 抵抗できないまま進んでいくと、次第にエンドロールでも流れるように、白い文字が浮かび上がってきた。


『あなたにも幸せが訪れますように 愛の女神』と。

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