第43話 精霊王は情報通
目的のパエリアダンジョンは大変簡単に見つかりました。何しろ、この国に伝わる古代チャンプルー語で『この下、パエリアダンジョン入り口』と大きな文字で書かれてありましたから。
私はあからさまに怪しい黒くて大きな石を魔力を使って持ち上げてみると、人が一度に十人ぐらいくぐり抜けられそうな大きな入り口を発見します。そこからは地下に向かって段差の大きな階段が続いていました。奥の方の様子はほとんど見えません。こんな時はまたまた魔法です!
「オベロンの加護をこの指先に。光よ灯れ、魔力提灯(マジックランタン)!」
はい。また一度は言ってみたかったシリーズでした! えへっ。別にこんなこと言わなくても、ある程度魔力制御を極めた私は、右手の人差し指から光を放って提灯代わりにするなんてお茶の子サイサイなのです。ね? ほら! って、あれ……?
私は目が点になりました。いつもは睫毛ぱっちり大きめの形が良いお目めが、点にまで縮小されるということ。つまり、それだけの一大事が起こったのです。
「君、面白いね」
「あの、どちら様でしょうか? このダンジョンの魔物ですか?」
いつの間にか私の前に立っていたのは三歳ぐらいの男の子。ですが、実際は三歳とは思えないふてぶてしさと、ニヒルな表情、さらには背中についている半透明の羽らしきものが只者ではないと私に告げています。
「やっぱり面白い。我にそんなこと言う人間、初めてみたよ。我は妖精王オベロン。月の光と夢を司っている。君の夢はなあに?」
「もちろん、愛するお兄様を幸せにすることです」
オベロンと名乗る男の子は再びぷっと吹き出しました。ん? オベロン? あ、もしかしてこの子。いえ、この方は……!
「あの、妖精なんですか?」
「そうだよ。君が呼び出したんじゃないか。いや、ちょっと聞いてよ! この前さぁ……」
初対面にも関わらずガメツイ……ではなく親しげな勢いで話しかけてくる妖精王。こんなところで油売ってていいの? 容易く人間なんかに接触していいの? って、その前に、妖精って人間の妄想の産物であり実在しないんじゃなかったっけ? などの疑問が次々と湧いてきます。しかし、そんなのがどうでもよくなるぐらい、妖精王の話は私にとって深刻なのでした。
「この前ね、君みたいに僕の名前を呼んで妖精の力を切望している声がどこからか聞こえてきたんだよ。だから、どんな子かな?って思ったら、もうすっごいの! まず、君みたいな細身の子なら三、四人並べて俵巻きにしたような図体なんだよね。しかも、ほぼ百パーセント脂肪でできてる白っぽい塊なの。でも、人間なんだよな。確か、近くにきた侍女らしき人間に『マーガリン様』って呼ばれてたと思う」
ま、マーガリン! そういえば、彼女はあれからどうなっているのか気になっていたのです。きっと傲慢チキな彼女は、お父様が婚約を進める話を正式に白紙撤回したとしても、ネチネチとお兄様を諦めずに何か策を弄してくるような気はしていたのでした。
「それでね、『カカオ様と結婚させてくださいませ』とか言って祈りのポーズで拝まれちゃったんだけど、ま、そのカカオ様じゃなくても誰もがお断りだろうね。ぶっちゃけ、このままなら結婚なんて無理じゃない?って言ったら泣いちゃったよ」
妖精王、容赦ありませんわね。でも、それでマーガリン様はお兄様を綺麗さっぱり諦めてくださったのでしょうか?
「いや、そうもいかないみたいなんだ。この婚約話はどうも別の次元で仕組まれていたみたいでね」
「それはどういう……」
「君はこの国の成り立ち、知ってるよね?」
「はい。人間と魔物は戦争をして、それを黒龍が収めた。一方、人間の中でも魔力ある者が集まって建国。黒龍はなぜか人間の王に付き従って、今もこの国を見守っていると」
「そう、その通り。つまり、この国は魔物によって見張られているんだ」
「そう言われてみればそうですわね」
「君は気持ち悪くない?」
いえ、全く。だって、モモちゃんやバベキュ様と知り合ってしまいましたもの。きっと黒龍も上級魔物でしょうから、人間同等、もしくはそれ以上の知能をもつ良い方にちがいありせん。
私は、すぐさま首を横に振りました。
「そっか。オクラ王子も君と同じタイプなんだよ。でもね、君と考えを同じくしない人間もいる」
「もしかして、宰相派の」
「その通り。君は、パーフェ家だよね? 王子派と宰相派、そのどちらにも味方をしていない中立派だ。でもマーガリンが君の家に嫁ぐと均衡は揺らいでしまう」
マーガリン様はシーボウ家。完全に宰相派です。お父様は、マーガリン様を取り込むフリをして、シーボウ家の内情を探るおつもりでしたが、相手も同じことを考えていたとしても不思議ではありません。そしてカカオお兄様はなかなか社交をしないものの、絵姿だけは世間にも出回っておりますから、あの美しさはマーガリン様のお眼鏡にも叶ったこともあり、彼女自身は乗り気だったのでしょう。
「なるほど。では、カカオお兄様との婚約がなくなっても、また別の手で接触してくるかもしれませんわね。でも、それと妖精王とはどのようなご関係が?」
「宰相派は、王子派が黒龍の加護を支持しているのに対し、妖精を国の守護神にでっち上げようとしている。もちろん、そんなものは形だけで、実質は宰相が好き放題やるための旗印にすぎない」
何ですって?! こんな可愛らしい男の子をそんな政権争いに巻き込むなんて、人でなしですわ! 私はお腹の底から怒りがメキメキと湧き上がってまいりました。
「そんなものに妖精を利用するだなんて……!」
「良くぞ言った!」
妖精王は、ピンと親指を立てます。妖精もグッジョブとかするんですね。
「よし、我、妖精王のオベロンが、今この瞬間から人間ティラミスの眷属となろう」
は?
ちょっと待って。私の周り、既に我ながら凄いメンツばかりなんですけど? ピンクドラゴンのモモちゃんに、王のバベキュ様を筆頭にフェニックスの皆様。そして賢者のレバニラ様に、おそらく大物であるメレンゲ様。そこへさらに、妖精王?!
さすがの私も目眩を起こしてしまいそうです。
「確かに、人間にしては素晴らしい面々を揃えておる。だが、肝心なものを忘れてはいないか?」
「え?」
「黒龍もいるではないか。あやつの気配がこれだけ強いとあれば、間違いないだろう」
黒龍? 先日、黒龍が埋め立てられているというナトー渓谷に行ったばかりですから、その影響でしょうか?
私は少し疑問に思いましたが、心強い仲間が増えることは喜ばしいことです。私の知識では、妖精は、基本的に魔物とも人間とも交流しない孤高の生物。一見すると物理的に存在しているようですが、実際は概念的な存在で、新しく生まれることも死ぬこともないとされています。ですから、姿を現したり消したりするのも自由自在。便利ですよね。戦闘能力はありませんが、気まぐれに他の種族に対して手を貸したり、美味しいものをこっそり食べ逃げしたりするというチャーミングなところもあるということです。
というわけで、眷属になってもらったところで、デメリットはほとんど無いでしょう!
「では、妖精王のオベロン様、これからよろしくお願いいたしますわ」
私がカテーシーしてみせると、妖精王はフフフと笑いました。
「では、我は王都に戻るとしよう。妖精は王子派に付いたのだと、宰相の枕元で囁いてやるとしようか」
え、いきなり大物に突撃ですか?!
驚く私を尻目に、妖精王はふらっと近所へ散歩へ行くかのような足取りで、ふっと姿を消しました。
でも、ちょっと待って?! 妖精王、まさか宰相に、私の眷属になったとか言いませんよね? もし言われてしまったら、最後。お兄様や、果てはお母様やお父様、ココアにまで何らかの報復が及ぶやもしれません。
冷たい汗が一筋、背中を伝うのを感じました。
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