第42話 死んでみるのも悪くない

 さて、レバニラ様のお部屋から飛び出してきたのは良いものの、パエリアダンジョンとやらの正確な場所が全く分かりません。ここから東にあるということですが、そんな大雑把なヒントでは一生かかっても辿り着けそうにありませんよね。ほら、東って地図で言うと右の方でしょ? 私にはその程度の知識しかないのですから。でも、こんな時の相棒モモちゃんなのです!


(え、ボク知らないよ?)


 えー?! レバニラ様の言う通り、モモちゃんは全く使えませんでした!! でも、こんな魔物気はあっても人気のない森の奥地で一人旅なんて寂しすぎます。私は空をひとっ飛びして移動することはできますが、ダンジョンの入口は地上を歩かないときっと見つからないでしょうし、今回は地道な旅になりそうです。はふぅーん。変なため息も出ちゃいます。


「でも、どうしよう……出戻りなんて格好悪いこと、伯爵令嬢のプライドが許しませんし……」

(では、吾輩が連れて行ってしんぜよう)


 え?! 私は全身に鳥肌が立ってしまいます。今、確かに誰かの声がしました。けれどここには私とモモちゃんしかいないはず。見渡しても他には誰も見当たりません。まさか……お化け?!


(お化けなぞ、貴族令嬢にも関わらず低俗な言い回しをするでない。吾輩は八ツ尾狼の霊、撫子だ!)


 その声と共に、目の前に小麦色の狐のような動物が現れたではありませんか! しかも、身体は薄らと透けていて、宙に浮いているように見えます。これって、以前実家の屋敷で読んだ他国の昔話に出てくるお化けではありませんこと?! 私は目を瞬かせて、動けなくなってしまいます。


(ふふっ。吾輩の凛々しさ、そして愛らしさに恐れ入ったのか。まぁ、良い。忌々しい魔物に命じて吾輩を燃やして殺したのは、ひとまず水に流してやろう)


 殺されたにも関わらず、案外軽いですわね。それ程怒っていなくてラッキーです! でも、一応お詫びを入れておきましょう。このまま死ぬまで付き纏われて祟られたら事ですものね!


「撫子様、その節は……」

(だから良いと言っている。吾輩は死ぬことで初めて、人間とこのように意思の疎通が図れるようになった。これも霊の特権だな! と、無駄話はこれぐらいにしよう。吾輩が其方の前に現れたのは他でもないレバニラの研究に関して話したいことがあったのだ)


 そこから語られたのは、撫子様とレバニラ様の思い出話だけではなく、今後を左右する重要な事柄でした。要約すると、こうです。


 まず、撫子様は手負いの状態でレバニラ様に発見されて、傷の手当てを受けたので、大変恩義を感じているとのこと。その後一緒に暮らす中で、なんとかレバニラ様のためになることをしたかったけれど、夢は潰えてお化けになってしまったのですって。まぢでゴメンなさい! でも、人とのコミュニケーション能力をもったことに気づいた撫子様は、私と通じることで自らの知識をレバニラ様の研究に役立ててもらおうと思いつかれたということなのです。


 撫子様曰く、これから向かうパエリアダンジョンの最奥、ボス部屋には様々な魔法陣があり、八ツ尾狼は先祖代々『ダンジョンには近づくな』という教訓があるそうです。


(おそらく我ら八ツ尾狼には都合の悪い魔法陣なのだろうが、レバニラ達の役には立つかもしれない)

「え、それではあなたの一族のためにはならないわよ?!」

(吾輩は、八ツ尾狼の最後の一頭だったのだ)


 私、何てことをしてしまったのでしょう。絶滅危惧種を全滅させてしまったなんて! こうして見ると、確に撫子様は美しい毛並みと愛らしい仕草で、ペットにはぴったりの可愛らしさがあるように見えてまいります。

 私はきゅっと一度口を結んで、開きました。


「撫子様、私、貴方様の願いを聞き届けますわ。必ずダンジョンの魔法陣をレバニラ様にお伝えします」

(ありがたい。吾輩は元々寿命が近かったのだ。こうして面白い者共に出会るのならば、死んでみるのも悪くない)


 撫子様はくるりと身を翻すと、ダンジョンはこちらだと言って空中の見えない道をひたひたと歩き始めました。私はモモちゃんの背に乗ってそれを追いかけます。


 それからどれぐらい時間が経ったのでしょうか。私は途中でお腹が空いたので、マスタードさんに持たせてもらったサンドイッチを食べて、オヤツのマフィンも三つ食べました。そろそろ地面に降りてゆっくりお茶でもしたいわねと思い始めた頃、突然モモちゃんの飛行スピードが落ちてしまったのです。


「モモちゃん、疲れたの? 休憩する?」

(ううん、違うんだ。この先に嫌なものがあるんだ。身体があっちに行っちゃいけないって言ってる)


 モモちゃんは一瞬総毛立ってぶるりと震えました。


(その感じは霊になった吾輩でも分かる。魔物には耐え難い何かがこの先にあるのだ)


 何それ。撫子様にも何か感じるところがあるようです。蚊が蚊取り線香の煙を嫌がるようなものかしら?


「それにしても、やっぱり八ツ尾狼って魔物でしたの?」

(そんなことも知らないのか。そんなことでは賢者の弟子は名乗れないぞ)


 名乗れなくて結構ですわ!


(そんなわけでティラミス。私が知っている道もちょうどここまでだ。きっとダンジョンには魔物を寄せ付けない何かがあるのだろう。ここからは自分の足で行くが良い)

「そんなぁ……」

(心配するでない。其方は既にそこいらのドラゴン並みの魔力と制御力を持っている。大抵の小物は簡単に蹴散らせるだろう)

「え、でも……」

(こんな所で怖気ついてどうする。全ては兄君のためなのであろう? いずれ王都に戻ったら、魔物よりも手強い人間を相手取ることになるかもしれんぞ?)


 そうですわ。私はお兄様のためを思って、はるばるこんな僻地にまでやってきたのです。こうなってしまった限りは、いずれお兄様はお姉様になるために様々な厄介事を解決せねばならないでしょう。その時に、少しでもお立場を良くするのは全て私の働きにかかっているのですよね!


 よしっ。少し、勇気と殺(や)る気が湧いてきました。

 ダンジョンのボスなんて、ちょちょいのちょいでやっつけてさしあげますわ!


 こうして私、ティラミス・フォン・パーフェ伯爵令嬢兼Cランク冒険者は、一人、さらに森の奥へと歩みを進めたのでした。


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