第41話 交渉、後に布教

 ソーバと『ジューシー』の三名は嵐のようにいなくなってしまいました。何だか静かになりましたわね。


「ティラミス嬢。ただし条件がある」


 やはり、そう来ましたか。今なら何でもカモンですわ! 受けて立ちましょう! 私、身体を許すこと以外なら、大抵のことをやらせていただく所存です。


 レバニラ様は、やる気満々でファイティングポーズをとる私を見ると、ぷっと吹き出しました。


「こんな可愛らしいお転婆娘が魔術を悪しきことに使うなんて、私には到底想像もつかないのだ。だが、やはり念には念を入れておきたい。まず、これから話すことをやってほしい」


 私はカプチーノから手渡された鞄から紙とインクを取り出すと、背負ってきたノコギリを下敷きにしてメモの準備をしました。ドーンっと来いっ!


「ひとつ、遺跡の掃除をすること」


 は? それって、魔術と関係ないことではありませんこと?ま、この汚部屋を見ればおそらく遺跡中が荒れていることなんて簡単に予想がつきますけれど。


「ふたつ、私のために食事を作れ」


 そう言えばこの屋敷、というかこの遺跡、レバニラ様以外にどなたかいらっしゃる気配が全くありませんのよね。となると、私が連れてきたメンバーを見渡しても料理ができるのって……私だけ?!あいにく、カプチーノは料理音痴なのです。侍女は通常厨房の仕事は割り当てられませんから、仕方が無いと言えばそうなのですが。


「みっつ、話し相手になってくれ!」


 あら? 急にレバニラ様の態度が小さくなりました。命令口調からお願い口調になってしまいましたし。


 私、だいたい分かってまいりましたわ。つまりレバニラ様は、この孤独な生活に嫌気がさして、癒しを求めていらっしゃるのですね。きっと、メイドや執事を募集したところで、職場がこんな魔物がウジャウジャいる秘境では希望者は現れないでしょうし、相当お困りなのでしょう。良いでしょう。私がしばらくの間、お相手してさしあげましょう!


「分かりましたわ。全て引き受けましょう」

「いや、待て。まだある」

「何ですの?」

「魔力提供だ。魔術の研究はかなり進んでいる。基本的に、魔法陣と呼ばれるものに魔力を叩き込んで発動させるのだが、あいにく私は」


 レバニラ様は、自分の手のひらをそっと開くと、そこに視線を落とします。元々貴族だけあって魔力は持っていらっしゃるようですが、かなり微弱なのですね。レバニラ様の口元は悔しそうに歪みます。


「というわけで、用があるのはティラミス嬢だけだ。他の者は帰れ! 特に魔物は信用ならん」

「魔物ですか?」

「フェニックスなぞ、魔物の代表格ではないか。奴らは賢い。歴史を紐解いても、様々な場面で人間を翻弄し続けてきた」


 レバニラ様は賢者と呼ばれるだけあって、歴史にも詳しいのでしょう。ですが、机上の知識だけでは分からないことがたくさんあると思います。私のお友達であるバベキュ様たちは決して人間を弄ぶような方達ではありません。


 だいたい、魔物と名がつくだけで差別するなんて酷すぎます。魔物の定義は、人間以外の生き物で、かつ魔力を有するものを指します。それらを敵視するのは、ひとえに人間が勝手に作り上げた都合の良い人間優位主義に他なりません。


「レバニラ様。お言葉ですが、人間にも人徳者や犯罪者がいるように、魔物にも様々な方々がいます。一括りにして、しかも貶めるのは如何なものかと。賢者ともあろうお方が、勝手な先入観で決めつけてしまうなんて、私がっかりですわ」


 レバニラ様は、今後の領の施策において必ず仲良くしておかねばならない協力者です。けれど、私は自分で考えていた以上にバベキュ様達が蔑(ないがし)ろにされたことが悲しかったのでした。うっかり言葉も強くなってしまいます。この気持ちは、レバニラ様にもある程度伝わったようでした。


「そうか。ティラミス嬢の友人を貶めるつもりはなかったのだ。だが、こういった研究というものは本来大所帯で行うものではない。しかも今回は世紀の大発見にも成りうる。少数精鋭で集中して執り行い、出た結果についてはその面々で責任を持たねばならない」


 なるほど。私は少し考えすぎだったようです。


「分かりました。魔術復活に対する責任は明確にレバニラ様と私の二人に限定せねばならないのですね。それでないと、後々……」


 魔物が関わったとなると、対外的に面倒なことになるのですよね。

 レバニラ様は大きく頷きました。


「ですが、遺跡内の清掃は私だけでは手に負えません。それは全員でかからせてください。それから、私の身の回りの世話のためにカプチーノは手元に置くことをお許しくださいな」

「良かろう」


 ふう。これでようやく、交渉は締結ですね!


「それにしても、あの六つの穴で番犬を一匹飼っていたのだが、先程から見当たらないのだ。ティラミス嬢は見なかったかな?」


 あ。そういえば尻尾が八つに分かれた珍しい魔物を見たような。ただし、死骸で。


「な、撫子(なでしこ)……お前が生きがいだったのに……」


 ハッとした時には遅すぎました。私の咄嗟の表情で全てを理解したレバニラ様は、ふらふらとその場に座り込み廃人のようになってしまいました。


 あの魔物、レバニラ様の飼い犬だったなんて。しかも似合わない名前ついてるし!


 このままレバニラ様が復活しなくなったら大変です。よーし!魔力制御を極めた私が一肌脱いでさしあげましょう!


 私は先程座っていた岩に向き直りました。そして人差し指に全身の魔力を集中させます。それでは参りますよ?!


「ちょちょいのちょいちょい、えんやらよっと、どっこいしょーの、えいえいえいっ!」


 ほら、完成しましたわ!


「レバニラ様、お亡くなりになった犬さんについては、このカカオお兄様像に手を合わせることで御冥福を祈りましょう! きっとカカオ様はレバニラ様の心の不安を取り除き、魔術復活の研究についてもご利益をもたらしてくれることでしょう!」


 その後には、お兄様の石像(ミニチュア)をしっかりと抱きしめでワンワン泣くレバニラ様と、さっさと遺跡内の掃除を始めるバベキュ様達、呆気にとられて固まってしまったカプチーノが残されましたとさ。


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