第40話 ジビエ、心のブルース 後編

 ソーバの後を追って遺跡を出ると、空はどんよりと曇り始めていた。これは一雨来るかもしれない。俺達は六つの穴があった辺りに向けて、森の中を足早に進んでいた。


「なぁ、ソーバ」

「何?」

「それで、ティラミスさんに何があったんだ?」

「道中おいおい説明してやるから、さっさと屋敷があるルーツポンチ付近まで戻るぞ」


 目を釣り上げて不機嫌極まるソーバの周囲では、先程の白い鳥がけたたましく鳴きながら激しく飛び交っている。


「あぁ、分かった、分かったよ」


 どうやらソーバは白い鳥と本当に会話しているらしい。


「仕方ないな。次に乗せる人間はティラミスって決めてたんだけど」


 ソーバは、白い鳥を手で追い払いながら突然立ち止まり、こちらを振り返る。


「初めに警告しておく。今から見るものについてティラミスへの口外を禁じる。また、俺を討伐しようと欠片でも思ってみろ。一秒後にはアンタ達は灰となって、この森の肥やしになっているだろう」

「おい、それってどういう……」


 俺がそう言い終えるか否かの瞬間、ソーバの背中へ縦に一筋の亀裂が走る。そこから放射状に溢れ出したのは黒と金が入り乱れた光の帯。国の極北で見られるというオーロラに似たものなのではないだろうか。ソーバはまるで巨大な扇、もしくは翼を背負っているかのよう。揺らりと揺れる光の帯はすぐにソーバの身体を覆い尽くし、彼の輪郭があやふやになる。そして、キンっと耳をつんざくような高音と共に、視界が急に白く明るくなった。


「こ、これは……」


 眩しさのあまり無意識に閉じてしまった目を恐る恐る開けてみると、そこに居たのは見たこともない生き物。しかし、その存在は知っている。この国の者ならば誰もが知る建国神話に出てくる生物だ。


「黒龍(ブラックドラゴン)」


 ポークが、声を絞り出すようにして呟いた。


 王家の紋章は、黒龍と兵士が中央にある薔薇を守るようにして向き合っている形を模している。かつてこの地では、魔力ある人間が魔力の無い人間を低俗な魔物から守るために立ち上がり、国を興した。魔物対人間の闘いで最後に全てを平定したのは人間ではなく黒龍だと伝承では記されている。


 魔物の長である黒龍は、人間に仇をなす低知能な魔物の討伐を人間に許し、高い知能を持つ上級の魔物は人間の街や村から離れて暮らすことで、これ以上の争いを起こさぬことに決めた。同時に、黒龍は王の友であると同時に臣下に下って、王国のあり方へ常に目を光らせていると言われているのだ。


 そのため、この国の幼い子どもは、悪いことをすると黒龍がやって来ると大人に脅されることがよくある。けれども、そんな伝説の魔物は誰もが存在しないと信じていた。もちろん、俺もだ。


「ドラゴンに、黒なんてあったのか」


 現在、ギルドに確認されている限りでは、ドラゴンは三色しか存在せず、その中に黒は無い。そういやワサビの爺さんも黒の存在については言及していたけれど、完全に眉唾物だと思い込んでいた。


(大昔からあるぞ。知識では知っていただろう?)


 黒龍は囁いた。身体は巨大になったにも関わらず、声はソーバの時のまま。しかも、声は耳からではなく、直接頭の中に響いてくるのだ。


(何を慌てている。ティラミスなんて、モモとの念話なんて一瞬で慣れていたのに。ちょっとは見習え)


 いやいや、ティラミスさんはある意味ハイスペックすぎるんだけれど。


 それにしてもさっきから、魔物の気配が全くしない。これも魔物の長である黒龍(ソーバ)が知らず知らずのうちに周囲地帯に向けて威嚇を放っているからなのだろうか。


(さて、時間が無い。早く背中に乗ってくれ。あと十秒で乗らない奴は置いていく。一、二、三……)


「あー、分かった分かった!」


 俺だって野郎の背中に乗るとか趣味じゃない。やっぱり、ティラミスさんみたいな抱き心地が良くて、ちょっと甘い香りがする美少女の方が良いに決まってる!


(ジビエ、今良からぬことを考えたな?)


 ソーバは、ようやくゴツゴツとした硬い鱗で覆われた背中によじ登った俺達を返りみると、ぶわっと大きな炎の玉を口から紡ぎ出した。何でバレたんだ? 黒龍とは見た目以上におっかない奴らしい。


 ソーバは黒い大きな蝙蝠のような翼をピンと広げると、身体全体を金色の光のベールで包む。これは強力な魔力だ。ポークが、「不可視にしたのか」と呟いている。


(では、行くぞ)


 その後は、台風の時よりも強い風を受けて、空へ向かって急上昇。俺達『ジューシー』三名は、ティラミスさんの魔力制御の細やかさに懐かしさを感じながら、女みたいな絶叫を暗い森一帯に向けてこだまさせたのだった。


 俺は、肌を切り裂くような烈風に煽られながら考えた。そうか。奴は黒龍。つまり、魔物なのだ。

 ティラミスさんも、そしてそのお父上であるパーフェ伯爵も、まさか本気で魔物と縁を結ぼうなどとは考えまい。そこに俺の勝機はあるはずだ。ポークもケンタッキーもティラミスさんのことは密かに慕っているとは思うが、ここはパーティーを解散させてでも俺が手に入れてみせる。これまでのことを思い返せば、ティラミスさんだってまんざらではないと思えるのだ。


 っと、油断していたら、またソーバがアクロバティックな飛行を始めた。今は急いでいるはずなのに雲の上で宙返りとか、絶対に無駄だろう。


(振り落とすのは無理か)


 頼むから、そういう恐ろしい独り言は念話で伝えないでほしい。

 俺は無事に地面へ下ろしてもらえるようにとティラミスさんが唱えるカカオ教の神様、カカオ様に祈りを捧げながら、鱗にしがみつき続けた。



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