第35話 弱いものいじめはダメ!

 私の朝食の後は、作戦会議を開きます。魔物園は、私の中ではちゃんと実現の見通しが立っておりますので、今から行うのは賢者探しです。


 応接室の大きなテーブルにはパーフェ領の詳細な地図が広げられていました。それを囲むのは私ティラミスとソーバ、『ジューシー』、バベキュ様とその側近数名、モモちゃん、ポタージュ。少し離れたところでは、姿勢を正して立っているマスタードさんとカプチーノの姿もあります。


 まずパーフェ領の位置関係をおさらいいたしましょう。すぐ南は別の国で、マクノウチ公国。東には広大な森が広がるエスプレッソ領があり、北には砂漠がその面積のほとんどを占めるテンシン領と海に面した小さな領地、ポルシチ領があります。北の二国は王都からの旅路で経由しましたが、何しろ空の旅でしたので、各領地へのご挨拶は済ませることができませんでした。本来ならば馬車で宿場町を経由しながら自領を目指すものですから、その途中の領地へは必ず領主邸へ顔を出すのがしきたり。でも私にはたくさんの面白い仲間ができてしまいましたでしょ? 不義理だったかもしれませんが、事情を知ればあちらからお断りしてくださるような状態だったかと思います。


 ……というのは建前です。ごめんなさい、嘘つきました。モモちゃんの背中に乗っての移動があまりに速く、楽しすぎたので、すっかり失念しておりましたの。てへっ。


 ではお次に、うちのパーフェ領内へ目を向けてみましょう。領の西は狭いながらも海に面していて、少なくない漁獲量を誇り、多くは承認によって王都へ運ばれて売り捌かれています。もちろんポタージュは商売の認可とパーフェ領内の通行料などを取ることで、がっぽり稼いでおりますわよ?


 後は『辺境』という言葉に相応しく、未開拓の森林や荒野が広がっていて、人が集まる村や街もどちらかと言えば海よりの西側の地域に偏っています。他の領よりも比較的領民が少なく、開拓時代からの繋がりが未だに強固な地域でもあるので、結束力が高く治安も良い土地柄なのは自慢ですね。


 また、マクノウチ公国との玄関口にもなっていますから、そういう意味では寂れているとは言え我が国の要を押さえる大切なお役目を果たしていることにもなります。昨今は無くなりましたが、大昔はマクノウチ公国から攻めいられた上、たくさんの難民がパーフェ領へ押し寄せてきて、物取りや殺しといった被害を受けたこともありました。ですから、今でも私営の軍隊を持つ地域は多く、常に練度を高めているそうです。


「それで東の森のこの辺りなんだな?」


 こういった『冒険』を取り仕切るのは、やはりジビエですね。たまにチラチラとこちらを見る辺り、何かを私にアピールしているつもりのようですが、貴族に生まれし者としてこれぐらいできて当たり前のことですわ。


「そうだ。周辺は足場の悪いぬかるんだ荒野が広がっていて、途中からは浅くて広い泥の沼から鬱蒼とした森の木々が空を覆う程に密生していると思ってほしい。沼にはまぁ、いろんな危険な魔物が潜んでるけど、そこは歓迎の余興だと思って楽しんでくれ」


 ソーバは「アンタ、それでもついて来れんの?」とばかりに挑戦的な笑みをジビエに向けています。仲良くするって言っていたのに早速約束を反故にしておりませんこと? ソーバは何やら空を飛ぶ術を持っているようなのですが、シビエには羽がありません。当然です。只の人間なのですから。

 ん、私? 私はスーパーハイレベルクイーンオブファンタスティックな令嬢ですから、例外ですのよ。おほほほほ。

 ですから、手下のピンチもちゃんと救って差し上げるつもりなのです。


「ジビエ、大丈夫よ。私が……」

「そうだ! オレはティラミスと手を携えて飛べるから、そんなもの怖くないぞ!」


 手を携えてって、それはつまり私がジビエを抱っこした状態でモモちゃんに乗り、現地へ向かうということでしょうか? 無い無い! ありえない! 絵的に考えても、それは誰トクなの?!

 私の中のジビエの株が急暴落したことは、背後に立つバベキュ様にも伝わってしまったようでした。


「ここは皆で絨毯にでも乗って優雅に移動しようではないか。上に立つ者は弱いものイジメしてはなるまい」


 一瞬シーンっと静まり返る室内。さすがバベキュ様です。フェニックスの王の風格と威厳ある物言いは全てをひれ伏せてしまいました。


 一方、弱いもの認定されたジビエは石化して、軽く叩くだけでその巨体が割れてしまいそうな程の脆さになっています。うっかり皆で寄ってたかって、とことん地雷を踏み抜いてしまったようですね。ごめんね、ここまで立場を悪くさせるつもりはなかったのよ? 早くいつものクマさんに戻ってー! いつかちゃんと埋め合わせするからー!











 そして出発して数時間が経ちました。今は空の上。一人だけはしゃぎまくっている人物がいます。


「ティラミス様、空を飛ぶって素敵なことですね! 魔物には遭遇しませんし、ティラミス様が展開する透明の魔法防風壁(マジックシールド)があれば強風に煽られて飛ばされることもありませんし、何より景色が素晴らしすぎます! これで、オヤツにマカロンやケーキか出てきて昼寝しながら読書もできたら、私もう、思い残すことはありません!」


 はい、カプチーノです。

 彼女は作戦会議が終わった直後、私に同行を直訴しに来ました。どうしても空飛ぶ絨毯に乗ってみたかったようなのです。カプチーノは一応元冒険者。それに、もし賢者とやらとの交渉に手間取り長期戦となった場合は、私も身の回りの世話をしてくれる人が必要となります。私は日頃の侍女業よりも厳しい仕事になることをしっかりと言い含めた上で、同行を許可したのでした。

 それにしてもうるさいこと!


「あ、見えてきたぞ!」


 ソーバが、ようやく見えてきた深い森の中央にポッカリと開かれた六角形の平坦な土地を指さしました。彼は空飛ぶ絨毯に乗らずに、いつもの白い鳥にぶら下がるようにして浮遊しています。白い鳥は決してバベキュ様達フェニックス程の大きさもありませんので、どこか不思議です。白い鳥が規格外なのか、ソーバの手の握力が異常なのか。


 何はともあれ、目的地らしき所には建物らしきものが一切見当たりません。本当に賢者はあそこにいるのでしょうか?


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