第34話 ある意味、無双?

 その後、ソーバに懐柔されたのはカプチーノだけに留まりませんでした。


 まず、侍女長のマスタードさん。


「これは王都で流行っていると噂のハンドクリーム! え、他の子達の分もあるんですって?! ありがとうございます!」


 侍女さん達って屋敷の清掃も行いますから手荒れは職業病のようなものらしく、ソーバから渡された肌の保湿成分たっぷりで薔薇の香りまでする物は最高にありがたいそうです。


 お次に喜びの声を上げていたのは、ポタージュ直属の弓隊と騎馬隊の皆さん。


「お、これは最新式の弓に高級ポーションまである! これがあれば、かれこれ三十七連勤の今夜も乗り切れそうだぜ!」


 え、それってもう一月以上休みがないってことかしら? ポタージュったら、やっぱり鬼畜執事ですのね。こんなことでは弓隊のメンズがずっと独身のままになってしまいますわよ! たまには『女の子を口説く休暇』でも出してやってほしいものです。


 そして最後はポタージュ。そう、あのポタージュまでがソーバの手に落ちてしまったのです。


「王都の情勢がここまで詳しく調べられている調書を見るのは初めてだ。常日頃から、パーフェ領という辺境にいるあまり中央の情勢に疎いことが不安の種だったが、これならば……! 何なに? 王城内部の細かい情報まで書いているじゃないか!」


 一介の庶民だが様々な伝(つて)があるので私の役に立つ自信があると言い切るソーバ。ポタージュは少々胡散臭いとは感じていたようですが、もたらされた旨みのある情報の数々から『コイツは使える』と判断したようです。


 彼を手下ではなく部下として採用した私自身も、実際はどの程度ソーバが活躍してくれるのか図りかねるところではあります。でも、いつもタイミングだけは良いですし、もしこれが王族ならば間違いなく『王子様』という言葉が似合うだけの容貌ではあると思います。それに、どことなく敵に回してはいけない人という直感もあるのですよね。


 そんなソーバは早々と屋敷に溶け込み、マスタードさんに自室を用意してもらったばかりか、騎馬隊の隊長からは白くて猛々しい馬を新たにあてがってもらっていました。ここまで人をたらしこむのが上手すぎると、ちょっぴり悔しくなってしまう私です。


 そして、少し遅めに始まった朝食の席。私はソーバを招いておりました。


「ソーバ、皆にはたくさんのお土産をばら蒔いてる癖に、私には何もありませんの?」


 人に、それも庶民にものを強請るなんて、日頃の私ならばその矜持が許さないのですが、こうも皆の笑顔を眺めていると我慢できなくなったのです。


「何もって……むしろ全部あげたのに」

「全部って?」

「オレの全部。さっき、せっかくちゃんと跪いたのに。もう一回やってほしい? もうティラミスのモノなんだから、好きに指示していいんだよ? これからは海でも砂漠でも森でも風呂場でも、どこへでもついていってあげるから」


 お、重い……。早くも部下にしたことを後悔しそうになる私でした。


(ボ、ボクもずっとママと一緒だよ!)


 私の隣ではモモちゃんがカタカタ震えながら叫びます。


「そうね。モモちゃんはもっと美味しそうに成長するまではずっと一緒よ!」


 もちろんこれは冗談です。まだ付き合いは短いですが、すっかり情が芽生えていますから食べるなんてできません。


「そうだな。ピンクドラゴンの肉は人間の大好物だからな。せいぜいオレの次には大切にしてもらえるように、しっかり働けよ?」


 ソーバも無駄に爽やかな笑顔で畳み掛けます。


(は、はいっ! こ、こくりゅ……ぬわぁぁっ!!)


 突然モモちゃんが言葉を詰まらせ、床の上でのたうち回り始めました。


「モモちゃん、大丈夫?!」

(な、なんでもありませんー。ママも、今のことは忘れてくださいー)


 変なモモちゃん。

 そこへカプチーノが食堂に入ってきました。


「ティラミス様。『ジューシー』の三名がお見えです」

「ご苦労様。応接室にお通しして。ソーバのことも紹介しなきゃね」












 そんなソーバですから、『ジューシー』との相性がここまで悪いなんて思ってもみなかったのです。だって、バベキュ様からは『我が君』と呼ばれているぐらいに尊敬を集めていましたし、どうせ今度もあの手この手でたらしこむのだと信じていたのは私だけではないはずです。


 ソーバとジビエの喧嘩は長く続いておりました。


「俺達はスクラブを共に倒した仲間なんだ。お前が入ってくる余地なんてどこにも無いんだよ!」

「弱小領の男爵次男ともなると、三流な台詞しか出てこないんですね。オレは少なくとも十年はティラミスと付き合いがある。アンタとは比べ物にならない歴史があるんだよ!」

「庶民風情が知ったような口をきく。だいたいそんな丸腰でティラミスさんを守れるとでも思ってるのか?」

「これを見ても同じことが言えるかな?」


 ソーバは、右手の人差し指をピンと立てました。同時に、その指先に炎が上がります。


「ど、どうせどこかに魔力袋を隠してるんだろう?!」

「魔力袋の魔力は所持者を守る効力があるけど、こんな器用な芸当はできないと思うよ?」


 ソーバは、まだ昼間なので火がついていない部屋中の燭台に向けて指先の炎を飛ばしました。すぐにふわっとオレンジ色に部屋の壁が染まります。


「もちろん火だけじゃない。水も出せるし」


 今度は指先から水鉄砲を飛ばして燭台の火を消してしまいます。


「光も出せる」


 お次は指先が煌々と光り始めました。もうこの頃にはジビエの戦意も消失していました。ジビエは貴族には珍しい魔力無しの体質ですから、このショーとも言えるソーバのプレゼンテーションには返す言葉が出ないのです。


「でも俺は……」

「アンタ、ジビエと言ったな。アンタはティラミスの手下だけど、オレは部下と呼ばれている。この違いは分かるよな? この先差はこの先もっともっと広がるし、縮まることは決してないだろう。今の関係以上のものは未来永劫有り得ないことを心得よ」


 ソーバの口調は淡々としています。ですが、こんな彼を見たのは初めてでした。


 彼といつも顔を合わせていたのは王都の下町の路地裏。「ご機嫌麗しゅう、ティラミス様?」と少しいたずらっ子のような笑顔を向けて手を差し伸べてくれるのが彼でした。なのに今はまるで王のような威厳があり、迂闊に頭をあげて視線を重ねることもできません。


「ティラミス」

「は、はいっ!」


 私までソーバに畏まってしまいました。


「ま、こんなこと言ったけど、ティラミスがこいつらを大切にしてるのは知ってる。それなりには仲良くしてやるつもりだから安心してよ」


 カプチーノが用意してくれたお茶はすっかり冷めてしまっています。私はなんと返事すれば良いのか分かりませんでしたので、自分のカップに口をつけて誤魔化しました。餡子は、入っていませんでした。


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