第36話 六つの穴
パーフェ家の屋敷から乗ってきた空飛ぶ絨毯号、正確には二号機は、静かに目的地へと降り立ちました。絨毯の出どころはもちろんパーフェ邸。ポタージュは「これは四代前の当主の奥方が輿入れの際に何年も時間をかけて準備された一品で、今の技術では到底再現できないような匠の技が随所にあり、この地にしかない珍しい紋様も使われていて言わば国宝級であり……!」と叫んでおりましたっけ。当然そんなの無視して、ポタージュも屋敷に残してきましたわ。せっかくの高級絨毯も蔵の肥やしになるよりも、カカオお兄様とその赤ちゃん(未確定)の一大事に向けて役に立つ方がよっぽど報われることでしょう。
私は周囲を見渡しました。
周囲を背の高い木々に囲まれているためか、そよぐ風は驚く程に優しく、空がいつもよりも狭く感じられます。
「確かに、ここが賢者の住処で間違いないようね」
私と仲間達はそれぞれ大きく頷きます。私の目の前には大きな木の看板が地面に突き刺さっていました。随分と長く放置されているのか、たくさんの苔で覆われています。しかし書かれているのはこの国の共通語で、古代文字ではありません。
『こんな所まで来やがったか、クソ鼠共!
王にも認められた賢者たる私の研究を邪魔する奴は容赦しない!
だが、『運の良い奴』は歓迎しよう。
ここに六つの大きな穴が空いている。このうちどれかに入ると、私と会うことができるだろう。
無事に私と遭遇することができたラッキーボーイ&ラブリーガール(ブサイクは不可)には、心ゆくまで私の研究を手伝わせてやるから期待しておくと良い!
賢者レバニラ』
かなり口の悪そうなお方のようです。これだけ見ると、その辺りにいる駆け出しFランク冒険者と大差ないようにも思われますが、ここはメレンゲ様の言葉を信じて接触してみましょう。でも、どうやって……?
看板の向こう側には、切り開かれたこの六角形の土地の各隅に一つずつ大きな穴が空いています。どう見ても、これは只の落とし穴です。
「どれかには必ず居るんだろ? じゃ、片っ端から調べればいいだけじゃないか」
ジビエは得気げにそう言いますが、ソーバは「これだから馬鹿は困るんだ」とでも言いたげに肩を竦めます。
「調べた穴がハズレの場合、何が起こるんだろうな? 他の穴にチャレンジできないぐらいのダメージを与えられたらどうするつもり?」
「そうだな……」
ですが、穴は全て同じようなものに見えます。どれか一つでも特徴が異なるものがあれば良かったのですが、手がかりは何も見当たりません。
そこへ、バベキュ様の側近Aが適確なアドバイスをもたらしてくれます。
「そうくるとすれば、同時に調べれば良い。どうせ賢者とやらは人間だから、普通に歩いて穴に近づくことを想定しているだろう。罠が仕掛けられているとすれば、そういった人間に作動するものであるはず。ならば、飛んで近づいてみればいい」
なるほど!
さらに、ケンタくんが悪ノリしてこんなことを提案しました。
「この言葉を見るに、どうせ人間嫌いの偏屈ジジイだろ?せっかくやるなら、同時に穴の中へ魔力の炎でも大量に叩き込んで炙りだしたらどうだ?」
胸を張るケンタくん。全員の顔が「グッジョブ! ナイスアイデア!」と言っています。
レバニラ様。なんだか食欲をそそる美味しそうなお名前ですが、名前のごとく業火で炒められて人肉の料理にはならないでくださいましね?賢者の名に相応しく、私の善良な仲間のちょっとした悪戯も笑い飛ばしてくださるような強さが備わっていることを祈ります。
「では、やりましょう!」
殺(や)りましょうではありませんからね? ヤるのも、こんな野外で大人数なんてタイプではありませんからお断りです! 私はいつか愛する人とするのです!
バベキュ様は、さっと手を振りあげました。すると、側近のAからFまでの六人が瞬時にその姿を白い鳥に変え、空高くへと登っていきます。太陽の逆光でその真っ黒なシルエットが点になったと同時。ものすごい急降下で彼らは降ってきました。しかも、フェニックスの姿で! 初めてみました。赤いです。燃えてます。禍々しくも美しい羽を広げた姿は華麗です。なのに目元がほんのり垂れ目でキュートです。萌えちゃいます!
六羽のフェニックスが各々の嘴を壊れそうなぐらいに大きく開いたかと思うと、周囲の空気や大地がビリビリと強く振動しました。私はバランスを崩して、座り込んでしまいます。
その次の瞬間。
「さ、ご挨拶だ」
低くて耳心地の良いバベキュ様の声。それを合図に、赤い炎の滝が六つの穴目がけて一斉に注がれたのでした。
まず一つの穴からは、プシューっという水蒸気が瞬時に気化していく音が響いて、マグマのような赤くてドロドロしたものが少し溢れ出てきました。何かが腐ったような臭いも漂ってきたので、私は無意識に魔力防御壁(マジックシールド)を築いてしまいます。
その隣の穴からは、真っ黒な小型の豹が飛び出してきたではありませんか。しかも足が合計八本もあるレア個体です。一瞬『ジューシー』達は戦闘態勢に入りそうになりましたが、豹が再び動くことはありませんでした。
さらに隣の穴三つは、何も変化はありません。ただの落とし穴なのか、罠があったとしても地味なものだったのかもしれませんね。
そして最後の一つ。薄紫色の煙が細く長く棚引いています。と表現すると風流に聞こえるかもしれませんが、明らかに怪しさ満点。賢者がいるのはこの穴に違いありません!
「よし、オレが確認に行ってくる!」
勇者ジビエは腕をぶんぶん振り回しながら穴に近づいていきました。そして、慎重に穴の方へと身を乗り出します。
「ん? 身体に良さそうな匂いがするぞ?」
風向きが変わって一つ目の穴からの匂いがほとんど届かなくなったこともあり、私は魔力防御壁(マジックシールド)を解除します。
「この手の香り、私王都で嗅いだことがありますわ」
もしかするとと思ってソーバの顔を見てみます。
「これは、滋養強壮のための薬湯だな。おそらく穴の奥には薬草と水分が溜まっていて、さっきの炎で一気に湯だったんだろう」
薬湯?! 急にここが賢者の住処っぽくなってまいりました。
「でも本当は、この薬湯、人肉を混ぜることが前提の禁止薬になる予定だったのかもしれないな」
ぬぉおおお?! さすが賢者。夫を意識がすぐに回復しない程に痛めつけるメレンゲ様の友人なだけあります。やっていることがえげつない!
すると、ケンタくんとポークさんからも報告の声があがりました。
「あのー、他のの穴の中も確認したんだけど、何もありませんよー」
「深くてよく見えないんですけど、何かが燃えた跡しか残ってませんー」
え? 他の穴にもいない?
では、賢者はいったいどこに……。てっきり、穴の中に賢者の住処への階段か扉が隠されていると思っていたのに。それとも私達、この看板に騙された?
その時です。目の前の看板が、突然生き物のようにガタガタと震え始めました。
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