第32話 お手紙

 カプチーノが超特急で部屋を準備してくれたお陰で、私は王都の屋敷と大差ない環境で夜を迎えることができました。私は『ジューシー』もここに住まわせる気満々だったのですが、ポタージュが頑なに駄目だと言うものですから、そこは譲って差し上げた形です。三人の帰りがけに、「また明日もいらしてね。会えない間は寂しかったわ」と笑顔で声をかけてみますと、なぜかジビエが悶絶しておりました。ようやく私の魅力に気がついたのかもしれませんね。もしくはドレスフェチなのだと思われます。だって、初対面の時は私男装してましたもの。あの時は、荷物みたいな扱いを受けましたからね。いえ、根には持っておりませんのよ、決して。


 私はツヤツヤに磨かれた机に向かい、書きかけの手紙に向き合いました。




 王城の高嶺の花で才色兼備のお姉様、

 親愛なるラザニア様へ


 ラザニア様、ご無沙汰しております。

このお手紙が届く頃には何をしていらっしゃるのかしら。

ご愛用の鞭が活躍していないことを周囲の方のために祈るばかりですわ。

 王都はそろそろ夏を迎えて寝苦しい夜を迎えているのでしょうか。私は今王都を離れております。






 ラザニア様は王城に上がっている文官で、女伊達らに出世しまくっていて、宰相派の多い内務省にお務めです。以前、お父様がお母様に隠れて夜遊びして酔い潰れ、自力で屋敷に帰れなくなっていたところを助けてくださったことからお知り合いになりました。部下と飲んでいた店に迷惑をかけたばかりか、その後路地裏で破落戸(ごろつき)に絡まれていたとのこと。そこへ颯爽と現れて悪者を一掃し、無事にパーフェ家の屋敷までお父様を連れ帰ってくださったラザニア様の凛々しさは、私の憧れでもあります。


 では、もう少し手紙の続きを書きましょう。





 というのは、私、ちょっと間違えてしまいまして……。

 お姉様、ここだけの話にしてくださいね?

 実は私のお兄様はお姉様で、あのラメーン様と既成事実ができてしまいましたの。うちの屋敷の中のことでしたけど、妊娠の可能性がありますから、無かったことにはできないのですわ。


 そこで、これらの糸を引いていた私が責任を取って時期侯爵家当主になるために、修行の旅に出ているのです。先程ようやくうちの領に着きまして、明日からは早速新たな施策を展開していく予定ですわ。


 お姉様はドラゴンと会ったことはありまして?フェニックスのお兄様方もなかなかカッコ良いのですよ!

 私最近魔物と親しくしておりまして、彼らの保護区ならぬ魔物園を作る予定ですの。

 先日砂漠でも面白い家族と出会いましたから、彼らもうちの領へ招き入れる予定ですわ。

 屋敷では、近隣の領への影響を気にする声もありますの。

そこでお姉様! 私に近隣の領をピシャッ! と黙らせる良い方法はありませんかしら?


 もちろんタダでとは申しませんわ。

 ですがお姉様は高給取りでいらっしゃいますでしょ? ですから、お金以外の素敵なサプライズでお返ししたく存じます。

 期待していてくださいね!


 あなたの忠実なファン、ティラミスより


PS

 今度、ラザニアお姉様の鞭術を教えてくださいませ。最近私は魔力制御が上達しましたが、さらに高みを目指しとうございます。





 ふぅ、書けました。

 ラザニアお姉様も下級ではありますが一応貴族の出。貴族社会のこともしっかりと鑑みた上で、完璧な対策を立ててくださるにちがいありません。


 ん? ラザニアお姉様が私のために動くメリットが無いですって? いえいえ、ラザニア様はこの国の将来を大変憂いているお方。もちろん原因はあの緑髪のへなちょこ王子の存在にあるのですが。ともかく、ラザニア様は王国に忠誠を誓った騎士以上に下僕として優秀な方であられます。もし私が間違った道に進んでいれば、その正義感から必ずや止めにきてくださいますし、私の行いが良いものであれば全面的に応援してくださるでしょう。


 あぁ、お姉様からのお返事が今から楽しみですわ。もちろん私は後者であることを祈っておりますので!




 さて、お次はお父様宛のお手紙です。こちらはテキトーでよろしいでしょう。どうせ私がわざわざ連絡せずとも別の誰かが連絡しているのでしょうし。





 お父様へ


 私は着々と次期当主の座に向けて力をつけております。

隠居の準備はお早めに。


 ティラミスより





 こんなものでしょうか。あんな扱いをする父親なんて糞喰らえですわ! あら、はしたない物言いをしてしまいましてごめんなさいね。てへぺろ。



 久しぶりにふかふかの柔らかなベッドへ横になると、それだけで眠気が押し寄せてまいります。明日からははどんな日々になるのでしょうか。幼い頃のように胸の高鳴りが抑えきれません。


 と、その時、ちょっとイイコトを思いつきました。私は持ってきた大きな鞄から石板を取り出します。


 石板には、あらかじめ定められている宛先の番号を右上に記し、伝えたい内容は板の中央部分へ書き込む仕組みになっています。これでもお嬢様教育の一環で記憶力を鍛え上げられている私。確か、彼の番号は一二三。単純ですわね。


 私はこのように書きました。


『今パーフェ領におりますの。明日から賢者を森へ探しに行く予定なのですけど、あなた何か情報知りませんこと? あなたって意外と物知りで頼りになりますから連絡してみました。それから、冒険者と行動を共にする予定なので大丈夫かとは思いますが、ピンチの時はまたよろしくお願いいたしますわ! ティラミスより』


 最後のは完全に無茶ぶりだと分かっています。だって彼は王都の治安維持がお役目なんですもの。でもなぜか会いたくなってしまったので、仕方ありませんでしょ?


 私はすやすやと傍らで眠ってモモちゃんの背中を撫でました。そうなのです。ソーバってなんとなく、モモちゃんと似ているんですよね。



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