第31話 癒やしのモモちゃん

「お前達は先日の冒険者郵便の……! ここはパーフェ家御令嬢ティラミス様のお屋敷だぞ。お前達のような下賎な輩が易々と敷居を跨いで良い場所ではない!」


 ポタージュは一気にまくし立てましたが、私と向かい合う御三方はアイコンタクトで会話をしておりました。大方、こんな感じです。


「しばらくぶりね。元気だった?」

「まぁな。で、後ろのはなんだよ?」

「いいでしょー? 後であなた達にも紹介してあげる」


 ポタージュが怒りの炎で体内の水分を全て気体へと変えてしまいそうでしたので、私は慌てて窘めました。


「ポタージュ、そこまでになさい」

「お嬢様。ですが……」

「この方達『ジューシー』は、私の生命の恩人ですのよ? 彼等が救ってくださったから、私は無事にここへ辿り着けたの。どうか丁重にもてなしてちょうだい」


 私は簡単に『ジューシー』の武勇伝について説明しました。ついでにバベキュ様についても。それを聞いたポタージュは慌ててそれまでの言動を詫びると、恭しい所作で三人をソファへ導きます。


「ところで、ニックジュー男爵家の次男様?」


 向かいにどっかりと座ったジビエの顔が強ばりました。実は、私が気づいたのもつい先程のこと。ずっと何となく頭の中で引っかかってはいたのです。けれど、今ジビエが羽織っている青のマントの刺繍が決定打でした。


「そんな家紋付きのマントでいらっしゃったら、こう呼ばせていただくしかありませんでしょう?」


 ジビエは苦笑いします。


「ティラミス……様には、ずっとあの旅の中で育んだ仲のままでいたかったんですけどね。でも、何もしなければ門前払いされるのは分かっておりましたので仕方なく」

「気を遣わせてしまいましたわね。それでは改めまして……私はティラミス・フォン・パーフェ。ここパーフェ領領主の娘で、特技は魔力制御。後は、上級魔物と仲良しになることよ。それで、ジビエ様は本日どういったご用向きで?」

「えっと、その……」


 ジビエの歯切れは悪いのですが、隣に座るポークさんとケンタくんは少しイライラした様子でジビエの脇腹をつついています。


「あ、あの……私の屋敷のソファなど応接セット一式を返してもらいたい」


 ポークさんとケンタくんが盛大に転けました。これは本題ではなかったのでしょうか?


「あら、ごめんなさい。あなたの大切なソファをこちらへ運んでくるのを失念しておりましたわ」


 そう言えばアレはナトー渓谷の村に置いてきてしまったのです。ワサビ様にお手紙を書いて、王都にあるジビエの屋敷に送っていただけるようにお願いしなければなりませんね。


「私、これからお茶の時間ですの。よろしければ皆様も一緒にいかがかしら? 私、離れていた間のお三人のお話もぜひ伺いたいですわ。ポタージュ、用意してちょうだい」


しかし、ポタージュは動きません。


「ポタージュ?」

「お嬢様。私は反対です」

「パーフェ家が禄なおもてなしもできないなんて、そこまで財政が逼迫してますの?」

「そういう意味ではございません。お嬢様ともあろう方が、このような冒険者と親しくされるのはいかがなものかと。お嬢様のことですから、このあとなし崩し的にこの者達との交流を続けるおつもりなのでしょう?」


 さすがポタージュ。よく分かっていますわね。


「そうよ。でもこれは必要なことなのよ。ほら、私、突然こちらの屋敷にやってきたわけですけれど、今の私を護衛できるような者なんてここにいるのかしら?」


 私がもつ膨大な魔力や制御力は、到着の際に目の当たりにして理解しているはず。そして護衛とは、少なくとも対象と同等かそれ以上の力量があり、かつ対象と強い信頼関係を結べることが条件となってまいります。


 ポタージュは、私が昔から仕えている使用人よりもぽっと出の冒険者を大切にすることが許せないのかもしれません。唇を噛んだまま、何も返事をいたしません。膠着した空気を打ち破ったのは、マスタードさんでした。


「いいじゃないですか、私達の大切なお嬢様が安全にここでの生活をお楽しみになるのでしたら。そんなにお嬢様の傍に居たいのならば、ポタージュ様も彼らのように腕を磨けばよろしいかと」


 ポタージュはマスタードさんの上司にあたりますが、マスタードさんの方がずっと歳上で使用人としてもベテランなので、発言権が強いのです。


 そこへ、それまで静かにお座りしていたモモちゃんがポタージュに近寄っていきました。ポタージュは、顔を真っ青にして石のように固まってしまいます。でもモモちゃんは意に介しません。


「キュイキュイ!」

(ボクのママを虐めるな!)


 モモちゃんの本音が聞こえているのは、私とバべキュ様だけです。モモちゃんは、ポタージュの服を軽く咥えて引っ張ったり、手に甘噛みしたりしてじゃれついています。おそらくモモちゃんは、優しくポタージュを牽制しているつもりなのでしょうが、普通の人間が見るとポタージュに懐いているように見えるようです。


「魔物が……人に懐いた」

「可愛いですね」

「案外大人しいですね」


 いつの間にか集まっていた屋敷内の使用人達は一斉にひそひそ声で騒ぎ始めました。そして皆の心は一つになったのです。


「これならば、お嬢様の言う『魔物園』が実現できるかもしれない。何より、こんな可愛い生物を日常的に愛でてみたい!」


 ここの屋敷の方々は皆癒しに飢えていたのですね。ポタージュなんて、執事というお硬い職業の人物とは到底思えないほどにデレデレになってモモちゃんの頭に頬ずりしています。


「それでは皆さん! 新たにこの屋敷の一員となった私、モモちゃん、バべキュ様御一行、そして『ジューシー』の三名をどうぞよろしくお願いいたしますわ!」


 これで準備は整いましたね。元々屋敷に着いたら『ジューシー』はヘッドハンティングするつもりだったのです。自分で言うのは何ですが、私のようなご令嬢にちゃんと付いてきてくれる方ってなかなかおりませんもの。


 では、今夜こそ王都の友達とお父様に宛てたお手紙を書き上げて、この地にティラミス旋風を巻き起こすのは明日からといたしましょう!


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