第30話 令嬢の企み

 オクラ王子を追い払うことに成功した私は、カプチーノが王都から持ち込んだドレスに着替えて、ポタージュと今後のことについて話し合うことにいたしました。


 私の後ろにはバベキュ様が立っていて、その視線でポタージュを威嚇しています。モモちゃんはマスタードさんに身体を丸洗いされた上で、ふかふかの絨毯の上に座ってこちらをぼんやり眺めておりました。


 若干顔色が悪いポタージュは、こめかみを指で押さえながら重い口を開きます。


「お嬢様のお話を要約すると、こうなりますね。領の基本的な運営はこれまで通り私にお任せくださる。一方で、お嬢様は『魔物園』を開設して観光に力を入れると。同時に賢者と提携しながら、古の時代に失われた『魔法』を蘇らせて、この地を魔法研究の聖地にする。この二点でよろしいでしょうか?」


 魔物園とは、動物園の魔物バージョンのことです。彼らはありきたりな動物とは異なる面白い生態をしていて、かつ考え方も面白く、人間が学ぶべきところは多くあると思うのです。おそらく、まだ世界中見渡してもこのような施設はありませんでしょうから、パーフェ領にとって恰好の観光資源となるにちがいありません。


「その通りよ。ポタージュ、何か言いたいことがあるようね?」


 ポタージュは、優秀な執事です。基本的に、当家の人間に逆らうことができないよう、先代の執事、つまりポタージュの父親から洗脳とも呼べる教育を施されているのですね。前回私がここを訪れた時は、まだポタージュも若造で修行の身。執事とは何たるかを日々学びながら、私の相手もしておりました。ですから、『たまには良い事を言う』という私の性質についてもよく分かっているはず。

 ですが、今回ばかりは「仰せのままに」との言葉が出てきません。


「お嬢様。昨日冒険者からご当主様の手紙がもたらされまして」

「えぇ。存じておりますわ。そこに何か問題でも?」

「大変申し上げにくいのですが……」

「どうせ後々バレる話でしょう?早く話して楽になってしまいなさいな」


 何なら、厨房を借り切ってカツ丼を作って差し上げてもよろしくてよ?


「……実は、お嬢様のなさる事には必ず反対せよとのお達しが……」


 必ず? 何それ、嫌がらせですの?! 確かにこの度の私の行いでご迷惑はおかけしましたけれど、内容に関わらず反対せよだなんて、酷すぎます!


「どうも、お嬢様が王都の屋敷から石板を持ち出されたのも相当お怒りになっているようでして。そこで仕方なく、連絡も冒険者を頼ったとのことでした」


 ポタージュは申し訳なさそうに俯きます。

 石板。そうでした。私の秘密兵器! 屋敷を出る時に、手に持てる物なら何でも持ち出して良いと言われたので、ちょっとお借りしてきたのです。石板さえあれば、迷子になっても誰かに相談したり助けに来てもらえたりすると思ったのです。我ながら良いアイデアだったのですが、お父様は本当にケチですわね。


「でも、ポタージュ? 私に何でも反対するというのは、本当に正しいことかしら?」

「と、おっしゃりますと?」

「もし、あなたが協力的ではなかったら、私にも考えがあるということよ。ね? バベキュ様!」


 高身長のバベキュ様は、文字通りポタージュを見下しました。王という肩書きを持つ彼は、上に立つ者特有のぞんざいさでフンッと鼻を鳴らします。


「ティラミスは我が友だ。友の行く手を阻むものには容赦せぬ」


 でも、ポタージュも負けてはいません。


「フェ、フェニックスの十羽ぐらい、うちの弓隊と騎馬隊で……」

「先程はティラミスが赤子の手を捻るように制しておったがな。だいたい、空も飛べぬ人間共がくだらぬ意地を張るでない」


 バべキュ様は重々しくそう言うと、ポタージュは塩をかけたナメクジのようにへにゃへにゃになりました。いえ、私は高貴なご令嬢ですから、実際に塩をふりかける実験などはしたことはありませんので、あくまで想像なのですけれどね。


「しかし、お嬢様。賢者の件はともかく、魔物園はかなり問題があるかと。億が一、領内の民を納得させられたとしても、近隣の領は大人しく黙ってはいないでしょう」


 確かにそうですね。ですが、私は今回の旅の中で、ある程度高等な知能のもった上級の魔物とは意思を通い合わせられることが分かりました。しかも、なぜか私は彼らに好かれる傾向にあるのです。きちんと管理さえすれば、少なくとも私の目が黒いうちは何の問題もないと思うのですが。


 それに、私気づいてしまったんです。魔物の中には人間以上におおらかな心を持っていたり、賢さもありながら毎日を楽しんでいる者もいます。下級の魔物はその生物的特性として人間に害をなすことしかできませんが、人間との共生を望む上級魔物まで何の理由もなく敵視して皆殺しにするのはいかがなものでしょうか。


 いつの間にか俯いて涙をためていた私。ポタージュは片膝をついてしゃがみこむと、下から私の顔を覗き込みました。


「お嬢様。分かりました。今、この屋敷の主はご当主様ではなくお嬢様です。そして私はこの屋敷の執事。私は、お嬢様のために働きましょう」

「ポタージュ……」


 ポタージュの凛とした笑顔に、迂闊にもキュンっとなりかけたその時。屋敷のエントランスホールの方から、何やら騒ぎ声が聞こえてきました。続いて慌ただしい数人の足音。


「お、お嬢様!!」


 突然開け放たれた部屋の扉の向こうに見えたのは、血相を失くした侍女二名と、私の手下三名でした。


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