第29話 セクハラ令嬢は魔物級
さてさて! ようやくやってきましたパーフェ領。ピンクドラゴンとフェニックスにかかれば、長距離移動もひとっ飛びです。風になる、という感覚にも随分と慣れてきました。
私はモモちゃんに頼んでやや飛行高度を低めにしてもらい、王都から持ってきた地図を頼りに屋敷の場所を探します。ありました、ありました!遠い記憶にある通り、白くてそこそこ大きい館といった風情の建物です。
それでは、そろそろ着陸しましょうか。というわけで、モモちゃんが少しずつ高度を落としていきます。ようやく近づいてきた地面を見下ろしてみると……あら? あれは私付きの侍女カプチーノ?! 私のことを心配して駆けつけてくれたのでしょうか。そして、彼女の向かい側にいるのは、豪奢な服を着た緑頭のパッとしない顔の青年。もしかして、この方……いや、まさかね。と嫌な予感でいっぱいになった瞬間。地響きかと思うような威勢の良い声が足元で広がりました。
(ママ、ボク達この屋敷の人達に狙われてるよ!)
モモちゃんが焦った声を上げます。見れば弓隊がこちらに照準を合わせて構えの姿勢をとっているではありませんか。すぐに「止めなさい!」と叫びましたが、聞こえる様子はありません。
ここは、王都ではないとは言え、パーフェ家のお屋敷。ここの令嬢である私がなぜこんな手荒い歓迎を受けなければならないのでしょうか?! 隠しきれない憤りは、私の身体から魔力となって飛び出しました。
「仕方ないわ。モモちゃん! バベキュ様! 私が魔力で防御壁(シールド)を築いて皆さんを守りますから、ここは強行突破して着陸しましょう! さすがにあの者達も、私の姿を見れば攻撃の手を止めるでしょうから!」
お兄様の石像を作り、その後砂漠でも砂のお城を作って遊んできた私は、魔力制御など眠っていてもできそうなぐらいにマスターしています。私は必要最低限の魔力のみを使って、
その刹那、弓隊の弓がこちらへ向かってまっすぐに飛んできます。あ、あれは王家御用達の黄金の矢。当たった魔物は瞬時に魔力が吸い取られて粉々になってしまうと言われていますが、私の防御壁には傷一つつけられなかったようです。
私は、さらに丸い盾上の防御壁を足元に展開して、ようやく屋敷の庭に降り立ちました。庭の植え込みの向こう側で、カプチーノと弓隊がポカーンとしてこちらを見ています。
「皆様、ごきげんよう! ティラミス、パーフェ領に到着しました!!」
おそらく皆が驚いているのは、私が突然空から現れたことだけが理由ではありません。私は背後を振り返りました。そこにきっちりと整列していたのは、名付けて『紅蓮騎士団』の皆様。私の号令さえあれば、本当に
「よくも、私の大切な仲間達に害をなそうとしましたね?」
私は弓隊に向かってにじり寄ります。そこへ、やたら品の良い、比較的まともそうな男性が駆けつけてきました。
「お嬢様!」
「あら、ポタージュ? あなたも大きくなったわね」
この屋敷の執事、ポタージュは盛大に咳をして噎(む)せました。風邪でもひいたのかしら?
「お嬢様、お帰りなさいませ」
ポタージュは、とりあえず形式的にはきちんと礼をしてみせます。
「そんなに慌ててどうしたの? お父様からは私のこと、何も伺ってませんでしたの?」
「ご当主様からは冒険者郵便で手紙が届いておりまして、お嬢様がいらっしゃることは使用人一同把握しておりました。ですが……」
ポタージュが、紅蓮騎士団とモモちゃん、そして、植え込みの向こう側にある魔力でできたシェルターらしきものへと順に視線を移します。
「げ……」
そして、ついに見てしまったのです。シェルターの中にいたのは、あのオクラ王子でした。刀剣集めが生き甲斐という風変わりな青年で、私は苦手。こんなところで会ってしまうなんて、楽しかった旅の思い出にかすり傷がついてしまいそうです。
でも、これで合点がいきました。王族がいるからこそ、皆は私やモモちゃん、バベキュ様を不審者扱いして警戒していたのですね。私は渋々王子の方へ歩みだしました。できれば見なかったことにしたいのですが、ここは我が屋敷の敷地内。本当に渋々です。
「オクラ王子、ごきげんよう。先日、王都の騎士団の詰所でお会いして以来ですわね。本日はどのようなご用件で?」
令嬢の嗜みとして作り笑いを標準装備している私ですが、遠回しに「用が無いならさっさと帰れ!」と言ってやりました。対する王子は、もぞもぞとシェルターから出てきましたが、いつもよりも増して女々しい雰囲気が否めません。なんだかイライラして堪らない私は、ちょっと良いことを思いついてしまいました。
「王子、王都よりも南にあるこの地は本当に暑いくらいの気温ですわね。汗もかいてしまいそうです」
「そうだな」
王子も汗をかいているのですね? となれば、することはただ一つ。
「でしたら王子、お着替えが必要ですわ。風邪を引いてしまってはいけませんもの。さ……」
私はオクラ王子に近寄って、この地には相応しくない厚手の上着の端をキュッと握ります。
「脱いでくださいませ!」
もちろん上着だけではございません。上半身だけで結構ですが、シャツを脱いでもらうのが目的です。これを『尊い汗シャツ』と称して、王都にいる妹ココアに送り付けましょう。きっと喜んでくれるはず!
でも、私の嫌がらせはここでは終わりません。実は、前からやってみたいことがあったのです。
目の前には王子のおっぱい。男性なので、膨らみはありません。同じ人間なのに、不思議ですね。オクラ王子は戦々恐々とした表情でかたまっておりますが、逃げるそぶりは全くありませんでした。私はこれを『同意』と見なします。
「それでは、おまじないを始めますね? これで風邪を予防できるんですのよ?」
もちろんそんなの嘘なのですが、純粋な王子様はゴクリと唾を飲み込んだ後、しっかりと頷きました。
「それでは参ります。せーのっ、元気になーーぁれーー!」
私は、右手の人差し指に僅かに魔力を集めた上で、王子の左のおっぱいをつつきます。特に、先端をぐりぐりします。王子は「あうっ」と男子らしからぬ声を上げて顔が真っ赤になりました。
「どうですか? 気持ちいいですか?」
「あ、えっと……あの……」
こうしてみると、この人も可愛いところがあるのかもしれません。
実はこれ、以前カプチーノから借りた本にあったシチュエーションと同じなのです。誰も傷つかずに、何となく『してやったり!』という感覚を味わえる素敵な仕返しでしょ? 敢えて言うならば、オクラ王子の羞恥心と尊厳はこれでもかと言う程粉々になったかもしれませんが、これに懲りて私の前に現れることが少なくなれば万々歳です!
カプチーノは心当たりがあるのか、顔を手で覆ってワナワナと震えております。ポタージュや弓隊は苦笑いしておりますが、止めに来ないところを見ると、心の中では「もっとヤれ!」と言いたいのにちがいありません。うふふ。でも、何事も適度な頃合で引き上げるのが肝要。これぐらいで勘弁して差し上げましょう。
「はい、おしまーい!」
あぁ、面白かった!
私が今度こそ本当の笑顔で終了を告げると、オクラ王子は胸元を腕で覆いながら、恥ずかしいのを誤魔化すようにボソリと呟きました。
「ティラミスはすごいな。あんな上級の魔物をつき従えているなんて」
「別に私、特別なことは何もしておりませんのよ?」
「そうだな。おそらく……」
オクラ王子が言葉を濁します。変なところで止められてしまうと、余計に気になってしまうではありませんか!
「おそらく、何なのでしょうか?」
私は続きを促します。オクラ王子は、薄らと悪い笑みを浮かべました。
「ティラミスは、生き物として『魔物級』なのだろうな」
ま、魔物?!
伯爵令嬢を魔物を扱いですって?! か弱い乙女に何てことを……!
オクラ王子は、近くで背景と化して存在感を消していた護衛と合流し、ちょっと軽い足取りで馬車へと向かっていきました。
本当に、何しに来たんでしょうね?
次は、あんな失礼発言が出ないぐらいに酷いお仕置きをして差し上げようと、今から対策を考えてしまう私でした。
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