第21話 オーバースペック

 仕方なく返事してみると、村長改め神官のワサビ様はキレッキレのダンスを始めました。逆立ちしたかと思うと、頭を下に向けたまま時折ビシッとポーズを決めながらこちらにウインクしてきます。先程までの腰を曲げてフラフラと歩いていた姿は何だったのでしょうか。この変わり様は正気の沙汰とは思えません。気づけば、不穏なことも呟き始めました。


「やはり若い女子(おなご)は良いなぁ。この反抗的な中にも恥じらうような可愛らしい仕草。ぬぉおお! たまらん! 早く手取り足取り、いろいろ仕込んでやりたい!」


 私は貴族。一度口にしたことをすぐに覆すなんて許されない身ではありますが、お断りするのは今のうちかもしれません。どうやってこのノリノリなエロ神官(疑惑)のお爺様を落ち着かせましょうか。そこへ、遥か上空から何かが高速で落ちてまいりました。


「えぇ加減にせんかーい! 必殺、踵(かかと)落とし!」

「ば、婆さん!?」


 その言葉を最後に、脳天に痛恨の一撃を受けたワサビ様はひっくり返ってしばらくビクビクと身体を痙攣させた後、動かなくなってしまいました。それをゴミか蝿(はえ)を見るかのような眼差しを向けるは、これまた小柄なご老体。真っ白な髪はきっちりと頭上で一つに結い上げられていて、かけ直した赤い眼鏡からは神経質な雰囲気が伺えます。音も無く丸い岩の上に舞い降りたかと思えば、一仕事が済んだとばかりに手をパンパンと叩(はた)いて、おもむろにこちらへ向き直りました。


「お前達もご愁傷様だねぇ。この人は言い出したら聞かない頑固者なんだよ」

「あの、貴方様は……」


 Aランク冒険者を瞬時に昏倒させたこの実力。只者ではありません。知らぬ間に敬称で呼びかけてしまう私です。


「そこに転がってる爺さんの監視役……じゃなくて、妻だよ。一応ね」


 あら、奥様でしたか。それにしても強すぎます。ワサビ様が感知できないぐらいに気配を消した上で、あんなに高くまで跳躍して見事に技を決めるとは。しかも魔力を頼りにしない戦い方。素晴らしすぎます。『ジューシー』も立て続けに現れた強者の存在に言葉が出ない様子。無理はありません。


「爺さんは元々ある貴族の庶子でね。小さい頃にお家騒動に巻き込まれた結果、神殿へ厄介祓いされたと聞いているよ。お陰で柄にもなく神官の資格をもっているのさ。好きなものは訓練と女。ほんとにどうしようもない奴だけど、腕だけは保証するよ」


 いろいろ明らかになって、なんだかすっきりです。きっとワサビ様は腕の良い冒険者としてこの地を守ると同時に、神官の仕事もできることから村長なんて役目を負っているのでしょうね。でも、謎なのはこのお婆さん。どう考えても、見た目年齢よりもオーバースペックです。


「私かい?」


 私からの興味津々な視線に気づいたお婆さんはニンマリと笑いました。


「私の名は、メレンゲ。それ以上は、今は言えないね」


 メレンゲ? この珍しいお名前は、どこかで聞いたことがあるような。ですが、すぐには思い出せません。


「メレンゲ様は、もしかしてワサビ様よりお強いのでしょう? でしたら私……」

「それは言うてはならぬ。お前はワサビの特訓を受けよ。お前は力をもっている。貴族としての力。類稀な魔力生成能力。知識も経験も無いまま、このまま突き進んでは傍にいる者が迷惑だ。持てる力を正しく振るうには、ワサビのお守りが最適であろう」


 ちょっと良い事を言っている風に見えて、結局はワサビ様の相手を私に押し付けているだけに思えてきます。けれど、メレンゲ様の話には頷けるところもありました。


 私はこの後無事にパーフェ領に辿り着いても、それだけでは何も解決したことにはなりません。領地の屋敷を掌握することはもちろん、領民の心も掴むような政策も展開して街や村を発展させねばなりません。王都に戻っても、癖のある貴族の派閥争いの中でお兄様を守りきり、かつラメーン様を更生させるとなると、やはり『力』が必要となるでしょう。


 私は力が欲しい。

 そして、力をきちんと扱えるようになりたい。


 私の願いはただ一つ。お兄様をもう一度平穏な暮らしに戻して差し上げて、無事にラメーン様とゴールインしていただくこと! そのためには、修行の一つや二つ、令嬢の嗜みではないと撥ね付けてはいられません。


「分かりましたわ。改めまして、御主人のワサビ様に師事したいと存じます。奥様であるメレンゲ様におかれましても、どうか私が強くなられるようにご協力くださいませ」

「実はな、昨夜あちらの三人の話を聞いてしもうたのだ。悪気は無かったのだ。許しておくれ。それ故、お前の事情は大方のところ承知しておる。良かれと思っても悪しきに転ぶことはよくあることだ。必要以上に自分を責めることは無い。だがな、責任をもって償うことと、気に病むことは全く別だ。私の言いたいことは分かるかえ?」


 気づけば、私は頬に涙を伝らせておりました。結局のところ、私は今回のことで誰にもきちんと叱ってもらえていなかったのです。お父様はかなりお怒りでしたが、今後のこと、引いてはお家のことしか考えておられません。他の者も、今の状況を楽しむか、喉元過ぎれば熱さ忘れるといった楽観的な方ばかり。それがかえって私の心を非情に抉っていたものだと、たった今気が付きました。それを出会ったばかりの方に見抜かれて、恥ずかしさ以上にありがたさが込み上げてまいります。


 私はポケットから取り出したレースのハンカチで目元を押さえると、メレンゲ様に向かって大きく頷きました。


「はい!」

「良い返事だ。ただの貴族にしておくには勿体無いの。よし、決めた! 無事にワサビの修行を終えたら、お前に役に立つ情報を一つくれてやろう。楽しみにしておくがいい」


 そして、その後すぐに『ジューシー』三名とモモちゃんの元に向かって駆けだした私は、メレンゲ様が赤い眼鏡を外して微笑むのを見逃してしまったのです。まさか、あの方に似ていたなんて。気づいたのは、ずっとずっと後のことでした。


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