第22話 販促でしょ?

 その後、ワサビ様がなかなか目覚めませんので、先に腹ごしらえをすることにいたしました。


「ティラミスさんって、令嬢っぽくないよなぁ」


 クマさんが、テーブルに肩肘つきながらこちらをジロジロ見ています。私は、ナイフとフォークを使って、あくまで気品を滲ませながらお食事をしているのです。どこからどう見ても、私は令嬢らしい令嬢だと思うのですけれど。『ジューシー』三名は、私がメレンゲ様と話し込んでいる間に食べ終えてしまったそうです。


 クラブスは、とても淡白なお味。ハーブ系を効かせても良かったかもしれません。


「モモちゃんも食べる?」


 モモちゃんは、私の横で忠犬よろしく周囲を警戒しながらお座りしています。私から話しかけられると嬉しいのか、キュイキュイと可愛らしい声を上げました。


(そんなの要らないよ! 食べれないことはないけれど、ボク達ドラゴンの主食は光なんだ。太陽や月、星の光。光に当たると身体の中の魔力が活性化するだよ)

「え? 他の小型の魔物を食べるんじゃないの?」

(あれはオヤツだね。食べ出すと止まらないから気をつけないと。味は良いけれど、脂肪が多いからあまり身体に良くないんだ)


 悩みのレベルは、思春期の乙女と同じですね。そんなわけで、残っていた調理済みクラブスを全て勢いよく食べ終えた私は、ナプキンで口元を拭うとふっと溜息をつきました。しかし、ここで疑問が一つ。


「ねぇ、ジビエ。こんなもので本当に魔力が高まるのかしら? 私、実感が湧かないのですけれど」

「じゃ、ギルドの支部にでも顔出してみるか? 確かこの村にもあったはずだぞ。ついでにレベルも確認しておくと良いだろう」


 冒険者登録した際に説明を受けたのですが、冒険者は冒険の経験を積むと『経験値』というものを蓄積していくものだそうです。その経験値の量と質によってランクは上昇していくのですが、ギルドに行かないと確認できないのは不便ですね。









 結果的に申し上げますと、それはお母様がエロ本作家だと知った時並みの衝撃でした。


「Cランク?!」


 私、Fランクだったのです。登録したのも昨日。こんな飛び級、反則じゃありませんこと?! あまりにチートすぎて、いつになく取り乱してしまう私でした。


 冒険者ギルドのナトー渓谷支部は、村長のお宅の隣の掘っ建て小屋にありました。中に入ると中央にポツンとちゃぶ台が一つだけ置かれてあり、その前で叱られた子どものように俯いて正座していたのは黒髪オカッパの女性。声をかけると、オカッパちゃんは慌てた様子で壁際の棚に手を伸ばし、占いをする水晶のように丸い透明の球体を下ろしてきました。そして、球体に手を翳すようにと身振りで説明してくれます。ケンタくんによると、これはランク判定球と呼ばれていて、例にも漏れず、かの遺跡から出土した品とのこと。冒険者ギルドの本部と全ての支部で常備されている物だそうです。私は期待もせずに、なんとなく手を翳してみました。すると……


「赤だと?!」

「ワシと一緒なんて……許さん!」

「やはり、ピンクドラゴンを倒したのが大きかったかもね」


 球体は、手を翳すとその人の冒険者ランクによって色が変わるそうです。Fランクは白、Eランクは黄、Dランクはオレンジ、Cランクは赤、Bランクは青、Aランクは紫と決まっています。ちなみにSランクはAランクの中から特別に王室から指定された者が名乗る名誉的なものだそうで、水晶の色は紫なのだとクマさんは解説してくれました。


「でも、ドラゴン退治をしたのは私だけではありませんでしょう? 皆様もレベルアップしているのではなくって?」

「確かにそうだ!」

「ドラゴン討伐は経験値が高いからな」

「よし、見てみよう!」


 満場一致ですね。『ジューシー』三名も次々に手を翳していきます。


「ジビエは青のままか」

「ケンタッキーも変わらず赤だな」


 まず、二人は変化なし。ランクは高くなればなるほど次のランクにアップするのが難しくなるそうなので、がっかりする必要はありません。そして最後にポークさん。


「青だ!!」

「すげぇ、Bランクじゃねぇか!」

「くそっ! おめでとー」

「おめでとうございます」



 なんと、ポークさんだけCランクからBランクにアップしていたのです。自称グルメなポークさんは、頻繁にパーティーから別行動をしては様々な魔物(食材)を探しに出かけているそうなので、知らず知らずのうちに他のメンバーよりも経験値を溜めていたのかもしれません。


「じゃ、次は魔力の診断だな」


 クマさんがそう言うと、オカッパちゃんは少し躊躇うような仕草を見せましたが、しばらくすると一枚の木の葉を持ってきてくれました。


「これをどうすれば良いんですの?」


 私が尋ねると、オカッパちゃんはほんのり頬を赤く染めました。


「その木の葉に、き、き、キスするんだ」


 クマさんまで照れて顔を赤くしています。冒険者ってうぶなのでしょうか。こんなことでは、うちの屋敷でやっていけませんわよ? お母様の部屋の近くを通りかかると、常時伏字したくなるような言葉の呟きが聞こえてまいりますのに。


 私は手袋をしたオカッパちゃんから受け取った木の葉を口元に運びました。なんとなく、目をそっと伏せて口に軽く当てます。


「え?!」


 驚いて瞬きをした時には、木の葉は粉々になり、灰のようになって足元に落ちていました。一瞬、一気に魔力が吸い取られたのです。何が起こったのでしょうか。


「これは……?」


 私が尋ねると、ポークさんが一歩前に進み出ました。


「有り体に言うと、『瞬時に人を殺せるぐらいに』強い魔力を持ってるってことだよ」


 私は改めて足元を見下ろします。もう地面の土と混ざりあって跡形も無くなってしまった木の葉。力を欲しているのは真実ですし、魔力生成の才能があることは認めておりますが、自分で自分のことが薄ら恐ろしくなりました。


 私の顔色が悪くなったのを見て、『ジューシー』三名も無言になります。


「付き合ってくれて、ありがとう」


 『ジューシー』三名は貴族ではないので、魔力生成能力はありません。ですから、魔力測定の必要もございませんから、ここでの用事は済んでしまいました。


「行きましょう」


 私はオカッパちゃんに軽く手を振ると、『ジューシー』を先頭に掘っ立て小屋を後にします。


「元気出せよ。それと、無理するな」


 小屋の扉をくぐる時、男性の声が聞こえました。この声には聞き覚えがあります。慌てて辺りを見渡しましたが、視界にいるのは石版へせっせと何かを書き込むオカッパちゃんの後ろ姿だけ。


「気のせいかしら」

(ママ! 早く!)


 モモちゃんが小屋の外から呼んでいます。私はふと王都の町並みを思い出して、遠くまで来たものだとしみじみ感じるのでした。


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