第20話 闘う神官、登場!
「ご機嫌よう、村長殿。先程は塩コショウの手配にご尽力いただきありがとうございました。予定が変わりまして、ランチのメニューはピンクドラゴンからレインボークラブスパイダーになりましたが、皆様の分も後ほどご用意いたしますわ」
私が話しかけると、村長さんは腰を曲げて大きな杖に掴まったままゆっくりと頷きました。ツルピカなスキンヘッドが太陽の光を反射して輝きます。
「レインボークラブスパイダーか。懐かしいのぉ」
「懐かしいって……村長殿は以前召し上がったことがありまして?」
背後では、ケンタくんが「キャラがかぶる!」と喚いておりますが、無視します。
「そうじゃのぉ。あれはもう三十年程前になるか。まだこの村が宿場町として栄えていた頃じゃった。ワシはこの地を拠点に冒険者をしておってな、ある大プロジェクトに挑んでおったのじゃ」
「と言いますと?」
「渓谷にブラックドラゴンを生き埋めにするというものじゃ」
そう言えば、この地の名には『渓谷』が入っておりますが、空から見てもそれらしきものは何もありませんでした。つまり、そのプロジェクトで渓谷は完全に埋め立てられてしまったということでしょう。
「其方(そなた)はブラックドラゴンについて知っておるかね?」
「いえ、何も」
そもそも、ドラゴンにはブルー、グリーン、ピンクの三種類しかなかったはず。ブラックは、突然変異種の類なのでしょうか。村長はニヤリとします。
「ブラックドラゴンは、ピンクドラゴンの進化系。いずれ、そこに居るひよっこもブラックになるやもしれんのぉ。悪い芽は早めに摘んでおきたきところ……じゃが、其方はそれを許さんだろう?」
「当たり前です! モモちゃんは私の手下になりました。仲良くするって決めたんです!」
モモちゃんは、私の脚のすねに鼻をこすりつけて、キュイキュイと切なげな声を上げます。分かっておりますわ。大丈夫。もうあなたのお肉は諦めましたから!
「決心は固いようだな。だが、無条件で魔物をペットにするのを見過ごすわけにはいかん。魔物を飼う限りは、飼い主には魔物以上の強さが必要じゃ。小さいこやつも、すぐに其方を追い抜いてしまうじゃろうて。それでは遅い。なれば……」
俯き気味だった村長の瞳の奥が黒く光ったように感じました。その次の瞬間。村長の足元の岩に細かな亀裂が入ったかと思うと、一気に爆発したではありませんか。それは熱風を伴うもので、視界が真っ赤になったかのような錯覚を覚えます。途端に超高速でふりかかる砕け散った石や砂。とても避けきれません。私が纏うのはお兄様にいただいた大切な服。これを意図的に汚すとは何事ですか!? 私が思わず目を瞑って「無礼者!」と声をあげそうになった時、気づいたらポークさんとケンタくんが魔力バリアを張って守ってくれていました。ふぅ、助かりましたわ。
「二人がかりで全力をぶつけても防ぎきれ無いほどの魔圧!」
「ドラゴンの爪のようにするどい熱飛空(ねつひくう)!」
驚きおののく二人の感想から結論を導き出したのはクマさんでした。
「もしかしてあんた……いや、貴方様は、かの有名な闘う神官……」
熱を孕んで肌を焼き付けるような白い霧が晴れると、そこに立っていたのは先程までの老人ではありません。いつの間にか顕になっている筋肉隆々の上半身。堂々と構える杖の切っ先には赤い石が嵌め込まれ、そこからは惜しみなく赤い魔力が吹き出ています。小柄ではあるものの暦年の戦士といった風情が、『ジューシー』三名を数歩後ずさりさせました。
「改めて名乗ろう。ワシはAランク冒険者の一人、ワサビだ。長年この村に身を潜めて見込みある若者が現れるのを待っていた。そしてようやく、ワシの技を伝えるに相応しい者を見つけたぞ。ティラミス!」
「は、はい!」
私の名を呼び捨てするなど、お父様ぐらいのもの。普通ならばここで衛兵に引き渡して数日間牢に入ってもらうぐらいの罪ですが、私の本能が「コイツからは逃げられない」と告げています。それぐらいに強者特有のオーラを漂わせている村長は、もしかするとラメーン様よりもお強いかもしれません。
「ワシが直々に鍛えてやろう!」
「断ったらどうなさいますの?」
「無論、鍛えるまで離す気は無いぞ!」
駄目です。話が噛み合いません。おそらく村長は所謂脳筋タイプなのでしょう。スイッチが入ると、身体や魔力同士でないと語り合えないのでしょうね。
「わ……分かりましたわ。名のあるお方に師事できるチャンスなんて、今を逃すとなかなか巡ってこないことでしょう。その代わり、お手柔らかにお願いしますわね?」
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