第19話 ゲテモノランチ
飼うと決まれば名前を決めなければなりません。
「モモちゃん!」
(可愛い名前だ! ママ、ありがとう!)
由来はもちろん、モモ肉のモモです。あまりにも美味しそうな引き締まり具合なんですもの。チャームポイントとして名前にしてしまいました。決して桃色だからではありませんのよ?
次は、飼育するにあたりピンクドラゴンの生態についても確認しておきましょう。彼らはこの地域にしか住んでいない希少種だということ以外に、私は何も存じておりません。だって、普通の令嬢はドラゴンに見(まみ)えるなんてありえませんから、家庭教師からも詳しいことは教わっておりませんの。私は早速聞き取り調査を始めようとしましたが、あいにく邪魔が入ってしまいました。
「珍味がぁ……」
ふと見ると、うずくまって項垂れるポークさんの姿があります。まだ諦めていなかったのですね。でも、少しはその気持ちも分かります。せっかく村人からかき集めた塩コショウが無駄になってしまったのです。どんな顔をして村に帰れば良いのでしょうか。
「モモちゃん。本当はね、私たちモモちゃんのお肉を食べて魔力アップする予定だったのよ」
(ま、ママ?! ボクのお肉はいい加減諦めてよ! 代わりに、とっておきのお肉を狩ってきてあげるから勘弁して!)
「とっておき? 何を狩ってきてくれるの? この地域には他にも珍しい魔物がいたかしら?」
私が記憶の箱をほじくり返しておりますと、クマさんが顔を引き攣らせておりました。
「げ。まさか、あれか?」
「何か心当たりがありまして?」
私は早速羽を広げて大空へ飛び立ったモモちゃんを見送りながら、クマさんに尋ねます。
「たぶん、あれだ……。なぁ、ティラミスさん。足の本数が多いゲテモノは平気な方か?」
それから三十分後。私が暇つぶしに王都のお友達へ手紙を書きながら待っていると、モモちゃんが戻ってきました。
(お待たせ!)
誇らしげなモモちゃん。嬉しそうに羽をばたつかせながら宙に浮いています。その口が咥えていたものとは……
「レインボークラブスパイダーだ!! 生きているうちに姿を拝める日が来るとはのぉ!」
「これこそ伝説だよな。会ったら最後。生きて帰れないと言われているSランクの魔物。こんなものをどうやって……」
「確か昔話では、勇者がこいつの足の殻を破って、中の肉を食べて魔力アップするんだ。僕達も早速味見しよう!」
やはり、殿方は頼もしいですね。私は全力でレインボークラブスパイダーから目を反らしています。それにしても長ったらしい名前ですわね。略してクラブスで良いでしょう。クラブスは禍々しい程に鮮やかな極彩色の身体と、人間の胴体の何倍もある太さの細長い足を何本も持っています。モモちゃんよりもずっと大きな身体をしているのに、どうやって仕留めたのでしょうか。知りたいような、知ってはいけないような。一方では、若干目眩と吐き気がしてまいりました。
(ママ、大丈夫? これ美味しいから、食べたらきっと元気が出ると思うよ)
ここで正直に気持ち悪いなんて言うと、モモちゃんの頑張りを否定することになってしまいます。私は曖昧に頷いて微妙な笑みを浮かべておきました。対する『ジューシー』は完全にやる気です。
「まずは捌こうか! 中央の甲羅のような部分はおそらく国宝級だから、間違っても傷つけるなよ!」
「任せとけ!」
こうして、一瞬私が意識を飛ばしている間に、クラブスは見事に解体されて、ただの肉塊や希少な素材として分別されていたのでした。こうなれば、ただの食材。私も無闇に怯えたりはいたしません。
(ママ、人間はちゃんと火を通してから食べた方が良いと思うよ。ボクが炙ろうか?)
「モモちゃん、ありがとう。まずはもう少し食べやすいサイズに切り分けてから、下味をつけるわね。それから指定した火加減で炙ってちょうだい」
(分かったー! お手伝いするー!)
私は屋敷から持ってきたノコギリを手に取りました。元々、森を独りで抜けることを想定していたので、夜に身を隠す場所を作ったりするために必要と考えて持ち出したもの。それが、包丁代わりになるなんて。
その時です。突然、以前お兄様とラメーン様がお庭で手合わせしていた場面が頭の中で蘇りました。確かお兄様は、お持ちだった剣に何か魔力を纏わせてラメーン様と打ち合っていたような気がします。それはきっとノコギリにも適用できることでしょう。
私は一瞬瞳を閉じて、ぐっとノコギリを握る手に力を込めました。赤い魔力がじんわりとノコギリを覆っていきます。それを見た『ジューシー』三名の顔が驚愕の色に染まっているなんて、気づく余裕はありません。私は殻が剥かれたクラブスの肉——ちなみに乳白色——にノコギリの刃を当てました。
「あらっ?」
すると、あら不思議。『ジューシー』でも斬るのに苦労していた硬い肉が、まるでバターのように簡単に切れたのです。私もしかして、この豊富な魔力とノコギリがあれば、魔物が棲みつく森の中でも無双できるんじゃなくって?!
私は目も止まらぬ早さで合計四人分の肉を切り終えると、屋敷から持ってきた大きなまな板の上で塩コショウをふりかけました。そして、村から持ってきた木串に肉を差し込み、しばらく馴染ませること五分。岩場に串を立てかけて、準備は完了!
「モモちゃん、軽く焦げ目がつくまで焼いて! 火加減を間違えて消し炭にしたら、あなたも灰にしちゃうわよ? 気をつけてね!」
モモちゃんは一瞬身震いをしましたが、すぐに小さなブレスを肉に吹きかけ始めました。すぐに食欲をそそる肉の香りが立ち上ります。ゲテモノ、しかも野外での調理ですが、味は十分に期待できそうですね。
そこへ、何やら足音が近づいてまいりました。ここナトー渓谷の村の村長さんです。良い匂いにつられてやってきたのでしょうか?
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