第16話 ギルドの美人受付嬢ミルフィーユの独白

 私の名はミルフィーユ。艶やかなペールピンクのロングヘアと、出るところは出て凹むべきところは凹んでいるメリハリボディが自慢です。ここ王都にある冒険者ギルドの受付嬢を始めてから、早くもX(ほにゃらら)年が経ちました。昼間はギルド職員を務める私ですが、実は別の顔も持っております。


 さて、今日の私はある方から大切なお役目をいただいております。昼休みが終わると、同僚に受付業務をお願いして王城へ向かいます。使用人通路をくぐり抜けいつもの青と白で統一された侍女服に着替えると、足早に目的の部屋へ急ぎました。


「ミルフィーユにございます」


 ノックしてから声をかけると、すぐに中から咳払いが返ってきました。これは「入って良い」という意味です。


「どうだ? 足取りは掴めたのか?!」


 オクラ王子は、ふらふらと覚束無い足取りでソファから立ち上がりました。お可哀想に、昨日の昼から何も召し上がっていないとの噂です。


「えぇ。先程ようやく石板に連絡が届きました。どうやらナトー渓谷にいらっしゃるようです」


 表向き、冒険者ギルドは王国の権力とは隔離された独立した組織ということになっています。しかし実情は、国中に支部を構えていることから王国の政治を支える情報ネットワークの役割を果たしているのです。


 そして石板とは、冒険者ギルドが創立された今から六百年前に、北部の遺跡から出土したもの。その固くて白い表面に何か書きつけると、宛先の石板にその内容が浮かび上がるという夢のような仕組みになっております。合計数百あり、一部の有力貴族の他、冒険者ギルドの本部と支部が所有していまして、秘密の連絡に役立てられているというわけなのです。


「ナトー渓谷?! 馬車も無いのに、どうやったらそんなに遠くへたったの一日で行けるのだろう……。あぁ、私の未来の花嫁……なぜそうも私を避けてばかりいるのだ」


 オクラ王子は奥手です。言う事なす事傲慢チキでいかにも王族という雰囲気ですが、かなりの小心者。ティラミス伯爵令嬢に一目惚れしてから優に五年も経っておりますのに、想いを伝えるばかりか、デートに誘うことすらままならないヘタレです。


「やはり、可愛らしい小鳥は早めに籠へ閉じ込めてしまうべきか……」


 ヘタレの上にヤンデレ疑惑まで浮上しました。ますますティラミス様から倦厭されることになりましたね。


「オクラ王子。他にも報告がございます」


 妄想の世界へと旅立ちかけていた王子に、私はおそるおそる声をかけます。


「何だ? 申してみよ!」

「ティラミス様がナトー渓谷にお着きになったのは、昨日夕刻とのこと。空飛ぶ絨毯に乗って、颯爽とナトー渓谷の村に降り立ったそうで、冒険者三名を供として従えているそうです」

「冒険者?! それは女だろうな?!」


 男という情報があがってきていますが、ここで報告してはその三名に後々王子から要らぬ危害が加えられるとも限りません。ただえさえティラミス様に振り回されるというくじ運の悪さを持っているのですから、これ以上気の毒なことにならないよう黙っておきましょう。というわけで……


「分かりかねますが、おそらくそうであるかと」

「うむ」


 王子の機嫌は直りました。単純です。


「ところで、オクラ王子。最近ナトー渓谷からピンクドラゴンのによる被害報告が報告されているのはご存知ですか?現地にいる冒険者は総じてランクが低く、ドラゴンに歯が立たないそうで討伐要請が出ているのです」

「なんだと?! そんなところに私のティラミスが……」


 ちなみに、ティラミス様はオクラ王子様の正式な婚約者ではありません。確か、オクラ王子には別の許嫁がちゃんといたはずです。


 私は付き合っていられないので、軽く咳払いをして先を続けました。


「ご安心ください。ピンクドラゴンは数頭目撃されていますが、ティラミス様が到着直後、早速ご自身で一頭を討伐されています。偶然にもその勇姿を見ることができたナトー渓谷支部の者によりますと、お供の三名と素晴らしい連携をされていたそうです。詳細につきましては、情報が届き次第ご報告いたします」

「もう良い。それより、私はどうすれば良いのだ。どうすればティラミスに……」


 オクラ王子はそのひょろ長い身体を折り曲げて途方に暮れています。このままでは、腐ったヘチマの実のよう。仕方ありませんね。ミルフィーユがアドバイスをしてさしあげましょう。


「オクラ王子。ティラミス様は時折冒険者ギルド界隈に出没しては、汗シャツ集めのついでに冒険者達の筋肉を愛でておいででした。やはり、体づくりから始めてはいかがでしょうか?王子は趣味でお集めになった珍しい刀剣を見込みのある者に渡して恩を着せ、いつか自分を守ってもらおうとお考えのようですね。でも、もしティラミス様に何かあった場合、駆けつけるのは冒険者で良いのですか? 王子、自らが体を呈してティラミス様をお守りになればきっと……」

「そうだ! それだ! ミルフィーユ、ギルドの練習上を貸し切るぞ!」


 そう来ましたか。そんなことされてはギルドの営業妨害と同じです。


「オクラ王子。貴方様のような高貴な方がいらっしゃっては、下々の者が恐れ多くてギルドに近づけなくなってしまいます。王子はお優しい方ですから、王城内の闘技場で我慢してくださいますわよね?」

「うむ。そうだった。私は庶民派の優しい王子を目指しているのだった。では、王城内で鍛えることとしよう」


 さて、どうなることやら。三日後には自らの発言をお忘れになっていることに一万チャリン賭けますわ。でも私は、そんな王子様が可愛らしくて仕方ありません。いっそのこと、さっさとティラミス様にこっぴどくフラれて、また私にお尋ねになれば良いのです。「ミルフィーユ、どうすれば良い?」と。そうすれば、胸を張ってお答えいたしますわ。


「ご安心ください、オクラ王子。私が一生お仕えします。貴方様に、身も心も捧げますわ」


と。


 私はそう心の中で呟いて、早速スクワットを始めて息を切らす王子の部屋から辞しました。私は王子直属の秘密情報員から、いつものギルド職員に戻りましょう。


 実のところ、ティラミス様をご心配なさっているのは王子だけではありません。まず、ティラミス様付きの侍女はティラミス様に遅れて馬車に乗り、既にパーフェ領へ向かって発ちました。他にもティラミス様の顔馴染みが夜の闇に紛れてこの街を飛び出したとか。そして、現在ティラミス様に侍る三人もパーフェ伯爵の差金ですね。これら全てにティラミス様がお気づきになるには、もう少し時間がかかることでしょう。


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