第15話 画期的な移動手段

「……おい、これはワシの予想外だ」

「わざわざ俺達がこいつをお守する必要なかったんじゃ……」

「今後もうちのパーティーに欲しいな」


 私の背後からは思い思いの絶賛の声があがっています。


 皆様、こんにちは。ごきげんよう。私は今、飛ぶようにしてパーフェ領に向かっております。もっと詳しく申し上げますと、空飛ぶ絨毯に乗って、ひたすら王国の上空を南西へと進んでいるのです。天気は快晴で、絶好の飛行日和。眼下に広がる雲の隙間から見える地形が、屋敷から持ってきた地図と全く同じことに驚いていたところです。


「皆様、乗り心地はよろしくて?」


 私は後ろを振り返ってウインクしてみせました。ケンタくんがポッと顔を赤らめます。


 まずは、こんな素晴らしい移動手段へ行き着いた顛末についてご説明しましょうか。


 私が急いでいるということで、早速出発することになったのですが、問題が一つ。冒険者のお3人方……パーティー名で言いますと『ジューシー』御一行は移動手段が徒歩しかなかったのです。必然的に私も徒歩ということになりますが、クマさんのこの一言で私は世紀の大発明をすることになりました。


「ティラミスさんは令嬢だから、一時間も歩けばへばっちまうんじゃないか? だからって、ずっと担いでいくわけにもいかねぇし。何かこう、画期的な移動手段があればいいんだが……」


 私は考えました。画期的な移動手段。どんなものが良いでしょうか? こういう時は、まず実現可能不可能に関わらず理想像を思い描いて、そこから現実的なものへ落とし込んでいくのが定石です。


 一番楽そうなのは、王国の昔話に出てくる『テレポーテーション』というもの。これは、指をパチリと鳴らすと空間を切り裂いて瞬時に目的地へ到達するという優れもの。物語の中では、勇者と呼ばれる男性が魔物に囚われた姫を助けるために使っている手段です。古くから王国の研究所では実験が繰り返されていると聞きますが、未だに再現することは叶わない高度な技ですから、専門家でもない私には手に負えないことでしょう。


 次は同じく昔話ネタで、空飛ぶ絨毯です。これは、残念ながら研究されているという話を耳にしたことはありませんが、とても夢のある移動手段ですよね。ふと見ると、ちょうど手頃な絨毯があるではありませんか! きっと神は私に「やれ!」とおっしゃっているにちがいありません。


 私はクマさんに許可をとると、絨毯の端を少し持ち上げて、そこへ魔力を軽く叩き込みました。次の瞬間、応接室のソファ周りを覆っていた大きな絨毯が天井近くまでひらりと舞って宙に浮きます。さらに、一定方向に向かって魔力を流し続けると、絨毯は部屋の上空を旋回し始めました。


 あんぐりと口を開けて目が点になっている『ジューシー』の皆様。その横で、私が小さくガッツポーズをきめたのは言うまでもありません。


 こうしてティラミス・フォン・パーフェ伯爵令嬢謹製空飛ぶ絨毯号は、私と『ジューシー』の三名、さらには少々の荷物を載せて、パーフェ領へと飛び立ったのでした。







「ティラミスさん、魔力は急に切れたりしないのか? 突然空から真っ逆さまとか、シャレにならん」


 順調な航空を続けていますと、クマさんが声を落として聞いてきました。


「それは心配ございませんわ。飛び始めますと意外にも魔力の消費は少ないのです。ただ、お腹が空くと早く魔力が切れてしまうかもしれませんわね」


 私はそう言って、空飛ぶ絨毯の上にさも当然と言うように並ぶ応接セットのローテーブルへ視線を移しました。どうやら、さっきのバスケットの中にあった自白剤入りクッキーはほんの一部だけで、残りはノーマルなクッキーらしいのです。


 私の思惑に気づいたクマさんは、さっとバスケットを持ってきてくださいました。


「焦げ茶のクッキー以外は安全だ」

「分かりましたわ」


 私は早速ナッツ入りクッキーをつまみます。あぁ、美味しい!こんな絶景を空から眺めながらおやつをいただけることになるなんて、考えてもみませんでした。いつかカカオお兄様とお空のお散歩デートなどしてみたいものです。


 その時、ポークさんが不満げな声を漏らしました。


「僕もお腹空いたな。例えばピンクドラゴンとか、珍味が食べたいな」

「ピンクドラゴン? この先のナトー渓谷付近に居ると言われている巨大な魔物のことですか?」


 ポークさんは鷹揚に頷き、残る二人は「またか」と呟いてため息をついています。


 私は、さっと地図を確認しました。通常馬車で五日もかかるパーフェ領までの道のりですが、既にその四分の一も進んでいます。そろそろ魔力も少なくなってまいりましたし、ナトー渓谷で一息入れるといたしましょうか。ついでに一泊して少し観光し、十分に魔力を回復させた上でピンクドラゴンに挑むのも一興かもしれません。


 背後からは「冒険者の旅ってのは本来もっと泥臭いものなのに

……」だとか、「冒険者の心得を説いて長老面する計画が……」だとか、「結局この子は料理できるのか? でもまぁ伯爵令嬢だから期待薄だな」などと聞こえてきますが、私はひたすら雲の切れ間に目を凝らします。


 あ、ありました。あの薄茶のお豆を敷き詰めたような独特の凹凸のある地形が目印です。曲がりなりにも、伯爵令嬢として地理をお勉強しておいて良かったですわ!


「見えてまいりましたわよ、ナトー渓谷! これから急降下いたしますので、皆様お気をつけあそばせ!」


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