第14話 甘い罠にご用心!
クマさんは郊外にある貧困街に入り、その辺りでは唯一まともな雰囲気を醸し出している青いとんがり屋根の建物の前に到着しました。近くにいるボロを纏った幼い子どもが恨めしそうな目でこちらを見つめています。周辺は廃墟ばかり。どこも窓は壊れていて、中の暗闇がこちらに顔を覗かせていて不気味です。
「着いたぞ。ここまで来れば大丈夫だ」
「大丈夫って……私をどうなさるおつもりですか?! 現在お父様とは仲違いしておりますので、身代金を要求しても払ってくれないかもしれませんわよ?!」
「そりゃぁ困ったものだなぁ、形(なり)だけは立派な箱入り娘さんよ?」
クマさんは鼻で笑います。屋敷の外でこんな扱いを受けるのは生まれて初めての私。正直申しまして、許せません!本当に、この方は私を何と心得ているのでしょうか。
「私をその辺の成金娘と一緒にしないでくださる? 私はね……」
と、そこまで言いかけてはっとします。そうでした。私は、まだ身分を明らかにするわけにはいかないのです。クマさんは親切そうには見えますが、信頼するに足るものが何もございません。
私は再び口をつぐんだまま、クマさんと見つめ合いました。私は今、お姫様抱っこされている状態。クマさんは不敵に笑います。よく見ると、あまり顔は悪くありません。おそらく、髭や髪、服装を整えると、ラメーン様の足元に及ばないにしてもそれなりに見れたものになるでしょう。だからと言って、ロマンスへの発展は……無いですね。
なぁんて、余計なことを考えていたのが悪かったのです。私はクマさんに抱きかかえられたまま、建物の中に入り、存外豪華な応接室らしき部屋へ通されました。
そこからですよ!不幸の始まりは。
「俺は、Bランク冒険者のジビエだ」
ようやくクマさんが名乗ってくださいました。続いて、元々部屋にいた男性二名も自己紹介してくださいます。
「僕は、ポーク。冒険者ランクはC。君、料理できる?」
この方は、大変血色が良くつやつやとしたお顔と丸々したお身体のお兄様。貧困街には似合わなさすぎる脂肪の付き具合に驚きを隠せません。
「ワシはケンタッキーだ。長老と呼ぶが良い。冒険者ランクは同じくCだ」
さらに隣にいたのは小柄な少年。『ワシ』と名乗るには、少なく見積もっても三十年は若すぎるように見えます。似合わない付け髭は今すぐ引っぺがしてやりたいですね。そして、長老ではなく『ケンタくん』と呼ぼうと心に決めました。
「で、嬢ちゃんはどうやら訳ありらしいな?言っておくが、冒険者は生易しい職業じゃねぇぞ?」
クマさんはそう言いながら、応接室の裏手からバスケットを持ってきました。中には美味しそうなクッキーやマドレーヌが!そう言えば、私お昼食がまだだったのです。途端に存在感をアピールし始める私のお腹。つまり、鳴ってしまいました。
「嬢ちゃんはともかく、嬢ちゃんの腹は素直みたいだな」
またクマさんに笑われてしまいました。本来であれば、こういった信用ならない場所で出されるものを毒味も無しに口をつけるなんて憚るところです。けれど、鞄の中はサンドイッチ一食分きり。あれは夜にとっておきたいので、背に腹は変えられません。
「むむっ。ありがたくいただきますわ」
私は早速クッキーを一口食べました。あぁ、意外と美味しい。そう思ったのも束の間。あっという間に視界が虹色に染まってぼやけていきます。まさか、このクッキー……
「で、嬢ちゃん、名前は?」
「ぅわぁたしぃのなまーえはぁ、ティーラミースれすぅ」
そうです。所謂『自白剤』のようなものが仕込まれていたのです。頭の中がぼんやりして全く集中できませんので、魔力を出すこともままなりません。対するお兄様方は、やれやれという風にため息をつきました。
「それで、ティラミスちゃんはなんで家出なんかしてるの?」
今度は、ポークさんからの質問です。
「えとね、わたくしはぁ……」
こうして、私は出自を含めた全てを洗いざらい吐いてしまったのでした。
私が一通りのことを話してしまうと、クマさんは盛大にため息をつきました。
「ふーん。それにしても、そのお兄様とやらは無事に婚約が白紙に戻ったのかい?」
主に質問するのはポークさんです。
「はい。出掛けに確認したところ、お父様は問題ないとおっしゃっていましたわ」
「だけどよ、副団長の実家の方も気になるよなぁ」
次はクマさんが顎に手を当てて天井を見上げます。
「と、申されますと?」
「いや、ティラミス嬢ちゃんの兄貴は孕んでるかもしれないだろ? それをお貴族様が放っておいてくれるだろうか。子種撒いたのはバカ息子のせいだとしても、後々お家騒動の種にならないとも限らないじゃないか」
「ラメーン様は今のところ実家にこの話はしないと約束してくれているので、大丈夫かと」
私は答えながら不安になり始めました。もしお兄様のお腹に赤ちゃんがいるならば、事は急を要します。私が一刻も早くお父様に認めてもらわなければ、赤ちゃんは父親のいない子になってしまいますし、未婚の母になってしまうカカオお兄様があまりにもお気の毒。
どうしよう。猶予は十月十日(とつきとうか)といったところでしょうか。その間にお父様からの条件を全てクリアできるとは到底思えません。もしかすると、私は無謀な約束をしてしまったのかもしれません。家を出る直前に見たお兄様の寂しげな笑顔を思い出すと、胸がきゅっと苦しくなります。
一方、目の前の御三方は、顔を曇らせる私をよそに何やら相談事を始めました。
「ジビエ、どう思う?」
「俺は、まさかのまさかだと思うな」
「ワシもだ。これだけ証拠が揃えば、まず間違いないだろう。おそらく、あのお方に嵌められたな」
「やれやれ。となると、腹を括るしかないか。道理で報酬が高かったはずだよ」
私には意味がよく分からない話でしたが、どうやら意見がまとまったようです。同時に、朦朧としていた私の意識も随分とはっきりしてまいりました。
「よし、決めた」
そう言うと、クマさんはおもむろにソファから立ち上がります。
「実は俺達、偶然にもパーフェ領へ手紙を届けるという依頼を受けている」
え? パーフェ領へ向かうですって?!
素晴らしいですわ! 渡りに船以上の奇跡に感じます。何でもっと早くそれを言ってくださらなかったのかしら。
「それならば、私を……」
「あぁ。これも何かの縁だ。一緒に行かないか、Fランク冒険者のティラミス
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