第13話 令嬢はジョブチェンジ

「鬼畜親父は地獄へ堕ちろ! 絶対に一旗揚げるまで帰ってきてあげないから!」


 と、啖呵を切っていた時期もありました。


 こんにちは。一応伯爵令嬢のティラミス・フォン・パーフェと申します。先ほど屋敷から叩き出されて、現在街の広場の噴水前でポツンと三角座りをしております。


 カカオお兄様とは今生の別れかのように熱いハグを交わしたので、一瞬魂が飛びかけましたが無事に復活。その他の面々にはそこそこの挨拶だけを済ませて出てきたのは良いものの、これからどういたしましょうか。まずは、持ち物を確認しておきましょう。



 包丁

 まな板

 塩コショウ

 毛布

 カプチーノとパプリカから強奪した街着二セット

 下着

 お化粧セット

 ハンカチ

 キャンディ

 サンドイッチ

 水

 お金も少し(へそくりとも言う)

 家紋入りペンダント

 お父様から領地の屋敷の執事へ宛てたお手紙

 地図

 秘密兵器



 これらを一つの袋に入れて、ノコギリと一緒に背負っています。私、どこかおかしいのでしょうか?なぜか道行く人々がこちらをチラ見したり、指を差して何か言ったりしているのです。確かに伯爵令嬢がこんな男装で街中に立っていたら、驚きますわよね。私はお兄様からいただいたコートの端を鼻に近づけました。ふっとお兄様の香りが掠めます。再び昇天しそうな気持ちになりましたが、近くを駆け抜けた子どもたちの騒がしさで、ふと我に返りました。


「そうだわ。そうすれば良い!」


 なぜ初めから思いつなかったのでしょう。私は足を冒険者ギルド本部へ向けます。今日は汗シャツ集めのためではありません。ましてや、令嬢として冒険者に護衛を頼むわけでもありません。領地は遠方なので護衛の依頼金は高くつきますから、手持ちのお金では足りないのです。では、どのような用向きかと申しますと……


 冒険者ギルドは石造りの大きな三階建ての建物で、一階の半分は受付などの窓口、もう半分は酒場になっています。私はガランっという大きなベルの音を立てて扉を開き、まっすぐ目的地へ向かいました。ペールピンクの髪の美人受付嬢が私を出迎えてくれます。


「いらっしゃいませ」


 受付嬢は、私の姿を頭から足元まで一通り眺めました。


「ご依頼ですか?」

「いいえ、新規登録でお願いします」


 私、ティラミスは、冒険者になることにいたしました!












 受付嬢の長い説明が終わると、私は早速依頼板の前に足を運びました。領地方面へ向かう依頼を探すのです。と、その前に、私の作戦を明らかにしておきましょう。


 当面は、依頼を受けてお金を稼ぎつつ、戦闘能力を磨く。そして、少しずつでも領地方面への移動を続け、領地に着く頃には領民をあっと驚かせるようなスーパー伯爵令嬢になっている。ほら、完璧でしょ?


 しかし、今の私は登録したての新人なので冒険者ランクはF。一つ上のEランクまでしか依頼は受けることができません。しかも内容は街の清掃や人手の足りない店の手伝いなどで、全く冒険者らしくないものばかりです。


「どうしよう……」

「お困りかな、新人さん?」


 振り返ると、熊のような背の高い巨体がそびえていました。髭もじゃでブラウンの髪も伸び放題状態。ワイルドを通り越して野蛮な雰囲気すらあります。ココアならば、ここで彼の胸にダイブしていたところでしょう。しかしノーマル人間である私は、一歩相手から距離をとり、キリリと表情を引き締めました。


「質問があります」


 せっかく話しかけてもらえたのです。取れる情報は取っておきましょう。


「何だい?」

「私、パーフェ領に向かいたいのです。道すがら手持ち無沙汰になりますし、何か受けられる依頼がないかと思いまして」


 正直に言うと、小金を稼がなければ領に着くまでに野垂れ死んでしまうという事情があります。でも、そんなことを今出会ったばかりの方にお話して、軽く見られるわけにはいきません。


「でも、見たところ新人だよなぁ? それも、どこかの商家のお嬢さんってところか?」


 目の前にいる通称クマさん(勝手にそう呼ばせていただきましょう!)は、私のドレスを珍しそうに眺めます。私にとっては粗末なものですが、下町ではそこそこの品に見られてしまうようですね。私は身分を明かそうかと迷いましたが、それではクマさんを萎縮させてしまうかもしれません。質問には答えずに笑顔でスルーし、本題を切り出します。


「パーフェ領までの途中にある街へ向かう依頼はあるようなのですが、どれもDランク以上です。私はおっしゃる通りFランクなので、それらを受けることができません。ですから、裏工作して便宜を図ってもらうなど、何かそういった抜け道はないものでしょうか」


 私が言い終わるや否や、クマさんは私を荷物ごとひょいっと持ち上げました。私は驚きのあまり、抵抗するのが遅れてしまいます。


「何するんですか?!」


 ジタバタと手足を動かす私に、クマさんは必死な形相で呟きます。


「いいから、ここを出よう! 受付前なんかで『裏工作』なんて単語を使うとは、あんた馬鹿か?! 不正をしていると思われて、ギルドから目をつけられるぞ!」


 なるほど。と納得したのは良いものの、ギルドを出たクマさんは私を抱っこしたまま街中をずいずいと進んでいきます。


 あれ? 私、また拉致られたのかしら?

 ちなみにクマさんは汗臭くありません。きっとまだお仕事前なのでしょうね。


 そうして汗の有無に気を取られていた私は、ギルドを出てからもずっと影から私を見つめる視線があったことに、全く気がついておりませんでした。



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