第17話 次は下味をつけましょう

 場所はナトー渓谷。ちょうど今はお昼過ぎです。実家を飛び出してから早くも丸一日が経過しました。お父様、ティラミスはとても元気です。世間って案外甘いものなのですね。


「ティラミスさん、準備って何するんだ?」


 私の背後から、クマさんが不思議そうな声で尋ねます。彼ら『ジューシー』とはまだ出会ったばかりですが、すっかり気の合う仲間になりました。


 昨日はあれから、アクロバティックな回転をしながらナトー渓谷の村に着陸した空飛ぶ絨毯号。上空からは小粒の豆がたくさん散らばったような地形でしたが、実際は丸くて茶色の岩が所狭しと並んでいて、人々はその岩をくり抜いて住処としているのでした。村人達は、私達のあまりにも華麗な登場の仕方に拍手喝采。出迎えとしては及第点ですわね。その後、早速村長の元へ連れて行かれ、そこである事を告げられました。それは、昨今村人を悩ませているというピンクドラゴンの討伐依頼。一応、領主を通じて王城へも陳情書が届けられているそうですが、討伐隊が動く様子はまだ無く、途方に暮れていたとのこと。王城は何をしているのでしょうか。何はともあれ、そんな非常時にあんな不思議な乗り物でやってきた私は、『男装女神の御降臨』などと言われて傅(かしず)かれてしまったわけなのです。


 えぇ。悪い気はいたしませんわ。一応、『魔力』という特権とも呼べる力をもつ貴族に生まれた身。たまには下々の者のためにこの力を使って、崇められるという経験をするのも良いでしょう。


 そう思った私は、血相を変えて壊れた人形のように首を横に振る『ジューシー』三名を無視し、笑顔で依頼を引き受けたのでした。そして長の家を出た直後、早速ピンクドラゴンが現れたではありませんか。文字通り全身ピンクで、体長は五メートルといったところ。コウモリのような小ぶりの羽が背中についていて、ちょっぴり可愛らしくもあります。それにしてもこんなに早く現れるなんて、やはりピンクドラゴンも強者である私に一度挨拶を入れておきたかったのかもしれませんね。何と言っても、私は美しい伯爵令嬢であり、戦う女神なのですから!


 しかし、私は空飛ぶ絨毯号に魔力を注ぎ込んだ直後というタイミング。私の魔力は枯渇し始めていて、回復までに少し時間を稼ぐ必要があります。私は村人からの供物、それすなわちイチゴのホールケーキを貪るように頬張りながら、『ジューシー』三名にのんびりと話しかけました。


「私はまだFランクです。もし私がこのままドラゴンに負けて殺されるようなことがあっては、さすがのお父様も貴方がたの身柄をミンチにしてハンバーグにしてしまうかもしれませんわ」


 こんな時だけ令嬢面しやがって!という恨み言が聞こえて参りましたが、彼らの冒険者ランクはBやC。一般的に言ってかなり強い方なのです。ちなみに、世の中にはさらに上のAランクやSランクがありますが、合計五人しかいません。つまり、Bランクのクマさんなんて、冒険者の中ではほぼトップを走っているのですね。だから、ドラゴン如きに負けないことでしょう。むしろ、負けたら許しません。


 クマさん達は、村人から防火スーツと呼ばれる厚手のマントをもらって羽織ると、果敢にもピンクドラゴンに近づいていきました。ケンタくんが何やら白い魔力を纏い始めます。それらが三名を覆い尽くすと、三名の姿が薄らとしか見えなくなりました。なるほど。姿を隠すとドラゴンからの標的になりにくいかもしれません。


 三名は、茶色くて丸い岩の上に登ると、まずポークさんがその場にうずくまりました。次に、ケンタくんがポークさんの背中の上に立ち、さらにその上にクマさんが立ちます。ちょっとしたサーカスショーのようで、私は拍手を送って応援しました。あれれ? 一瞬クマさんがこちらを睨んだ気がしますが、きっとあれは美少女に応援されたことによる照れ隠しでしょう。


 その間もピンクドラゴンの咆哮は続き、ピンクの長い首を振り回しながら時折赤い炎を吹いています。どうやら、獲物にする人間を探しているようなのですが、皆丸い岩のお家の中に隠れていますので見当たらないのでしょう。え、私? 私は村長の家の窓際のソファで寛いでおりますわよ?


 と、余所見していてはいけません。うずくまっていたポークさんがドラゴンに負けない唸り声を上げて、彼の上の二人を持ち上げて立ち上がりました。私の中ではあまり働かない腹ペコキャラのイメージだったのですが、ちゃんと力持ち要員として働いているようです。私は無言でケーキ皿に残る最後の一口を口に運びました。うん。田舎にしてはなかなか上品でセンスのあるお味ですわね。気に入りましたわ。


 そして、甘味(スイーツ)のお陰ですっかり身も心も満たされた頃、いつの間にか魔力もほとんど回復してきておりました。その時です。


 クマさんが、一瞬炎のブレスを止めたピンクドラゴンに大剣を振りかざして飛びかかりました。ですが、ピンクドラゴンは野生の大型魔物。ギルドで指定されている難易度ランクはAの超危険生物です。背後から迫り来る危険を直感で感じ取ったドラゴンは、すぐさま振り向いて……


「危ない!」


 私は村長の部屋で座っていたソファの下に魔力を大量に叩き込みました。空飛ぶ絨毯の応用で、魔力のジェット噴射のようなものです。次の瞬間には窓を突き破ってクマさんを助けに入ることができました。


「遅いぞ。もうちょっとで不味い熊の丸焼きができるところだった」


 クマさんは、冷や汗を流しつつ、ソファに座ったままの私に抱きつくようにして宙に浮いています。私はケンタくんの真似をして不可視の魔力を纏っておりますので、ドラゴンは見失った標的を探して首を縦横無尽に振り回していました。


「あなたもしかして、ピンクドラゴンの首を落とそうと思ったの?」

「首を落とすのは魔物討伐の基本だろ」


 私はクマさんの胸元に頬をくっつけたまま、少し首を傾げました。クマさん、意外と鼓動が速いですわね。そんなことはさておき、私良い事を思いついてしまいました。


「いいえ。ここは丸焼きにいたしましょう」


 そこからは、あっという間でした。


 私達四名は一度密かに撤退して、空飛ぶ絨毯号に乗り込むと、時折ピンクドラゴンの視界に入って挑発しつつ、村から少し離れたところへ獲物を誘導していきます。そして、再び不可視になるよう魔力を纏った上で、魔力が使える私、魔力袋を持ったポークさんとケンタくんの三人でドラゴンの頭部に豪火を浴びせます。赤くて太い柱が、ピンクドラゴンに向かって真っ直ぐに突き抜けていきました。


 あぁ、爽快!

 魔力って、派手に使うと気分がすっきりするものなのね!


 眼下では、頭部を中心に丸焦げになったピンクドラゴンが真っ逆さまに落下し、やがて焦げ茶の大地に叩きつけられて爆発したかのようにその身をバラバラにした姿がありました。魔物が死ぬと身体が出てくると言われている魔石は、後程誰かに回収をお願いしておきましょう。


「あぁ、ピンクドラゴンの珍味が……」


 ポークさんが嘆きます。あれではほぼ真っ黒焦げですから、あまり美味しそうではありません。次はもっと火加減に注意いたしましょう。そんな誓いを胸に、私はポークさんと熱い握手を交わしました。


 その夜はそのまま村に宿泊。あてがわれた寝台は見たこともない程に粗末なものでしたが、ケーキが美味だったので多い目に見ましょう。翌朝、つまり本日は、この地方に古くから伝わるネバネバのお豆をすり潰したものを素肌に塗り付けてマッサージするという伝統的なエステを受け、肌の調子も絶好調!


 そして、今に至ります。説明が長くてごめんあそばせ!


「ピンクドラゴンの珍味って、定番の味付けがあるのかしら?」

「そもそも、食えるような良い状態で討伐できることはほぼ奇跡に近いんだぞ。定番とか、そういうもの以前の問題だ」


 クマさんが私の質問に答えてくださいます。続いてポークさんからも補足が入りました。


「そうだね。珍味というよりかは、伝説の食べ物といったところだろうね。この地方に伝わる古い物語では、ピンクドラゴンの肉を食べると魔力がアップすると言われているよ」


 それ、魅力!


「分かりましたわ。では、今回は無難に塩コショウ味で行きましょう。皆様、村人達からありったけの塩コショウを丁重に分捕っていらっしゃい!」


 ピンクドラゴンさん、次は下味をつけてから程よい焦げ目をつけてさしあげますわよ。さ、早く出てらっしゃいな!


 私は丸岩の上に仁王立ちして、視界いっぱいに広がるゴツゴツした茶色の岩山を眺めました。


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