第5話 理想的なカップリング

 屋敷に急ぎ戻って令嬢らしい装いに着替えると、慌てて応接室に向かいます。


「大変お待たせいたしましたわ」

「とんでもない。それより、今日も可愛らしいね、ティラミス嬢。花の妖精のようだよ」


 私は薄桃色、イエロー、乳白色のグラデーションが美しいふんわりとしたドレスで優雅に礼(カテーシー)をしてみせました。


「ありがとうございます」


 対するラメーン様は、騎士団から直接いらっしゃったため騎士服をお召になっています。紺地に銀の刺繍が入ったロングジャケットからは、膝丈の黒いブーツを履いた長い脚が伸びていました。紫がかった美しい髪色と襟元に覗く白いシャツ、青いタイとのマッチングがもう最高。眼福です。先程の冒険者のお兄様方と比べると、漬物と高級ステーキ程も違いがあります。どちらも味わってみれば美味しいのですが、やはり格が異なるのですね。


「あの、早速だが」

「はい。私からのお手紙を読んでくださったのですね。早速ありがとう存じます」


 私は赤いふかふかのソファをラメーン様に勧めて、自分も向かいのソファに座りました。そこへカプチーノがお盆を片手にやってきます。まずラメーン様の前に香り芳しいミルクティーを。これは彼のお気に入りなのです。続いて私の前には……また餡子入り紅茶でした。カプチーノは、私がせっかく屋台で買ったお土産を路地裏に忘れてきてしまったことを未だに根に持っている様子。困ったものです。


「まず、確認させて欲しい」


 ラメーン様は真剣な表情で切り出しました。そうですよね。あのマーガリン様がうちへ嫁いでくるなんて我慢なりませんし、カカオお兄様があまりにも気の毒です。ラメーン様も事態の重さを感じてくれているのでしょう。


「やはり、貴族を希望ということで良いだろうか?」

「えぇ。か弱いお兄様を守るということを考えますと、実家の後ろ盾もしっかりしている方の方が心強いです」

「では、宰相派と第一王子派のどちらが良い?」

「できれば中立を希望しておりますの。お兄様は争い事がお嫌いですもの。巻き込まれる可能性が低い方が良いですわ」

「そうか。ならば、できるだけ身分も高い相手の方が良いだろうな」

「はい。お兄様のお相手となりますと、パーフェ家に入っていただくことになりますから、なかなか難しいかとは思うのですが」


 ラメーン様はミルクティーを一口飲むと、腕を組んで無言になってしまいました。ラメーン様の人脈をもってしても候補が見つからないとなれば絶望的です。確かに私の条件は厳しいもの。本当はこれ以外にも外見の美しさなどの希望もあるのですから、さらにハードルは上がるのです。


 しかし、さすがはラメーン様でした。私が見込んだだけのことはあります。最高の答えを引き出してくれました。


「ティラミス嬢、一人だけ心当たりがある」

「まぁ、嬉しい! どなたですの? その方は、お兄様のお相手になることを快く引き受けてくださりそうかしら?」


 ラメーン様は静かにティーカップをソーサーに戻します。そして、口元だけで微笑みました。


「あぁ、心配ない。それは……私だ」


 あぁ……ワンダフォー! そういえばラメーン様、マーガリン様がいるシーボウ家と並ぶもう一つの公爵家、コームギー家の方でした。格としては申し分ありませんし、人格や外見をとっても理想的です。


「私は次男だから、問題ないだろう。それに」


 ラメーン様はほんのりと頬を染めました。そうでしたね。元よりラメーン様はカカオお兄様とも仲良しなのです。カカオお兄様は病弱ですが、一応殿方ということから剣を嗜んでいた時期がありました。その際に指南役として同年代のラメーン様が我が家へお越しくださっていたことがあるのです。ラメーン様は家柄に囚われず、実力だけで評価される騎士団という厳しい場所に幼い頃から身を置かれていましたから、かなりの腕前。きっと生涯をかけてこの国ごとお兄様を守り続けてくれることでしょう。あぁ、なんて素敵なの。これ以上を望むべくもない程に素晴らしいカップリングです。


「ラメーン様、よくぞご決断なさいました。不肖ティラミスが、今後ラメーン様の本物の妹としてお力になりますから、どうぞご安心ください。必ずや、お兄様と結ばれることができるよう、死力を尽くします」


 私はソファから立ち上がると、御礼を申し上げようとラメーン様の御傍に侍ります。見ると、ラメーン様の眼差しはかつて見たことのない程に色めき立っておりました。


「ティラミス嬢……いや、ティラミス。相談してくれたのが私で良かった。もし他の男だったらと思うと……」

「ラメーンお兄様、もしものことを言っても何も始まりませんわ。さ、早速次のステップへと参りましょう? 決戦の日を決めなければ」


 もちろん、それは既成事実を作っていただく日のことです。いえ、私だって分かっております。殿方二人だけでは子は授かりません。ですが、そういった体裁を整えると、マーガリン様を撃退するのに効果てき面だと思うのです。


「そうだね。あの白豚がいつここへ襲来するかも分からないから、時期は早めが良いだろう」

「私も同感にございます。できれば今夜にでもと思うのですが、まだ場所の確保ができていなくて……」


 と、そこへ、廊下をバタバタと走る音が近づいてまいりました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る