第4話 無愛想なヒーロー

 私のような高貴な美少女に命令されたら、誰もが従ってくださると思っていたのです。シャツはさぞかし臭いでしょう。けれど、その下には筋肉や古傷、刀傷といったものが眠っていたはずなのです。私は彼らの肉体を穴が開くほど観察し、指でつんつんして堪能する予定でした。これまさしく、ロマン。


 これまでどんな冒険をしてここまで鍛え上げたのだろうか。もしかしたらドラゴンに立ち向かった際にできた傷なのかもしれない。などと妄想が膨らむのです。このように想像力を掻き立てる労働者の美に触れることは、下町に出る醍醐味でしたのに。


 どうして、私は捕縛されておりますの?


「この子、どこへ売る?」

「ははっ、こりゃ高く売れそうだ! 冒険者稼業からも足を洗えるかもしれねぇな」


 どうやら、私が声をかけた冒険者のお兄様方は少々ガラの悪い部類だったようです。魔力を失ってぐったりした私は、シャツを着たままのお兄様方に荷物のように担がれて、彼らの溜まり場へやってきてしまいました。薄暗くて少しカビ臭く、天井際には蜘蛛の巣がぶら下がっています。地面には空の酒瓶が幾つも転がっていました。


「その前に味見しようぜ。まだ幼い顔してるけどちゃんと女だぞ」

「いや、売り物には手は出さない方が良いだろう」

「硬いこと言うなよ。最近ヤってないんだ」


 お兄様方の話の内容はよく分かりませんが、身に危険が迫りつつあることは理解できます。いつもならば、魔力を放出して相手を失神させ、その隙に逃げるところ。でも今は魔力の回復にしばらく時間がかかりそうです。どういたしましょう。またお父様に叱られてしまうかもしれません。


 その時、暗い部屋の小さな窓際にひらりと白い小鳥が降り立ちました。あ、あれは……!


「お前達、何をやっているのか分かっているのか?! その少女を離せ!」


 突然溜まり場の扉が開け放たれて、やってきたのは黒髪、黒づくめの服装の男性でした。反射的に得物を手にして構えの姿勢をとる冒険者のお兄様方。しかし相手が悪すぎました。


「ソーバ!」


 私の声と同時。ソーバは彼自身の魔力を冒険者達へ投げつけます。魔力は炎のような赤い尾を引いて、彼らの身体へ一直線に飛んでいきました。そのあまりの速さに、冒険者達は反応が遅れます。魔力でできたファイヤーアローはお兄様方の身体に突き刺さってしまいました。熱さと衝撃のあまり、床を転がって苦しそうにもがいています。


「来てくれたのね!」


 私は体内に僅かに残る魔力を振り絞って両手両足に結ばれていた紐を解くと、ソーバの元へ駆け寄りました。ソーバは、正真正銘の魔力をもった庶民です。レアモンスターの名は、彼の方がぴったりなのではないでしょうか。


「何が来てくれただ? オレが来なかったら今頃お前……んん?!」


 私はソーバの胸元に飛びついて、ジャケットに顔をくっつけました。続いてその下に着ているチュニックにも。


「残念ですわ。汗一つかいていないなんて。全く臭ってませんことよ」

「それ、褒めてないよな」

「当たり前です」


 私はソーバを見上げました。ソーバは魔力ある庶民として、この下町の自衛団のリーダーを務めています。今回のように、街でひっそりと起きている事件現場に駆けつけては悪者を騎士団に引き渡すという役目を果たしているのです。私なんて、彼にお世話になるのはもう何度目か分からない程。


「で、ティラミス伯爵令嬢におかれましてはご機嫌麗しゅう?」


 ソーバは完璧な作法で私に礼をしてみせました。黒いサラサラの髪が地面へ向かって流れます。


「無理して丁寧な言葉を使わなくてもよくってよ、ソーバ」

「なら、いつも通りでいく。お前、また侍女も連れずにそんな格好でほっつき歩いてたのか。……もしかして、馬鹿なの?」

「なんですって? 馬鹿っていうのは、馬鹿って言った人が馬鹿なんです!」

「あぁ、もう、付き合ってらんねぇ」


 ソーバは下町のヒーロー的なお仕事をしているにも関わらず、あまり女の子にモテません。おそらくこの冷たい態度と口の悪さ、愛想の無さがいけないのでしょう。


「ほら、行くぞ。ラメーン様にコイツらを引き渡そう」

「ソーバ! その前にこの方達のシャツを剥いでも良いですか?」








 ソーバから凍えそうな程に冷たい視線が突き刺さります。私は汚れたシャツを丸めて胸に抱いて、騎士団の詰所へとやって参りました。背後には、上半身裸にされて、ソーバの魔力が篭ったロープで蓑虫のようにぐるぐる巻きにされた冒険者のお兄様方が棒立ちしています。ちなみに、魔力袋は先程ソーバが没収していました。


「ごめんくださいませ。副団長のラメーン様はいらっしゃるかしら?」


 扉をノックしてみると、すぐに誰かが出てきました。


「あら、オクラ王子」

「やぁ、ティラミス嬢。こんなところに来るなんて、君も物好きだね」

「王子程ではありませんことよ」


 てっきり下っ端の若い騎士様が出てきてくださると思っていたのに、びっくりです。私はオクラ王子からツンっと顔を背けました。


 オクラ王子は緑の髪をしたひょろ長い青年です。王位継承者第一位にも関わらず、その存在感の無さを駆使して城下をうろつき、趣味の刀剣集めを行っているのです。おそらく今騎士団に身を寄せているのは、コレクション自慢のためではないでしょうか。


「またシャツ集めかい?」


 オクラ王子は基本的にフレンドリーです。私とは王城の夜会以外でもこういった場で遭遇することが何度もありますから、すっかり気安くお話できる関係になってしまいました。ですが、どこか棘のある話し方や、王族特有の傲慢さから、私は少し苦手としています。


「えぇ。身内のために行っておりまして」


 オクラ王子はクスリと笑いました。王子はうちの妹のこともご存知なので、それに思い当たったのかもしれません。


「それはご苦労様。でも汗をたっぷり含んだシャツならば、騎士団に山ほどあるのにね」


 しまった! 確かにその通りです。ここならば、鍛錬で汗を流す騎士様がいっぱい。ラメーン様の口利きもあれば、あんな危ない目にも遭わずに簡単に入手できたのでは……!!


 ふと見ると、冒険者のお兄様方を引渡し終わったソーバが口パクで「バーカ」と呟いています。あぁ、悔しい。いつかあの澄ました顔を本気で泣かせてみたいものです。


「して、ティラミス嬢。先程ラメーン様が君の屋敷へすっ飛んでいったようだよ。手紙がどうとか話していたけれど」


 さすが、ラメーン様! 早速カカオお兄様のために動き始めたくださったご様子です。我が家にお越しになるとは、お打ち合わせが必要ということでしょうか。なんだか元気が湧いてきました。魔力もすっかり復活したようです。


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